第4章 注文はパンとレッサーパンダを
一度黙ってしまったローは、そのまま帰ってくれるわけでもなく、これまた威圧感たっぷりにムギを見下ろしてくる。
(このまま沈黙に耐えて家まで歩くとか、ちょっと地獄だもん。)
それに、ムギは一応ひとり暮らしをしている身なので、やっぱり安易に家を知られたくはない。
ローからしてみたら「なに深読みしてんだよ」と言いたくなる理由だろうが、女のひとり暮らしはなにかと物騒なのだ。
友達ならばともかく、ローとはまともに会話をしたのだって今日が初めてである。
「あー、えっと……、それじゃあ、わたしはこれで……。」
いつまでも睨み合っているわけにもいかないので、ムギは自分から別れを切り出した。
熊と遭遇した時のように一歩二歩とゆっくり後退したが、背を向ける前に呼び止められてしまう。
「おい。」
「は、はい。」
まだなにか?という問い掛けは、喉の手前で飲み込んだ。
「これ、登録しろ。」
「え……?」
新手の勧誘かと思って身を引いてしまったが、ローが見せてきたのはケータイの画面いっぱいに映ったQRコードだった。
これはまさか……。
「連絡先、ですか……?」
「他になにに見える。」
他のなににも見えないから困っているのだと、彼は理解できないのだろうか。
「送られるのが嫌なら、家に着いたら連絡しろ。」
「はあ、意外と紳士なんですね。」
正直、余計なお世話である。
このくらいの時間なら、いつもバラティエの帰りと同じくらいだし。
(いや、でも、わたしも余計なお世話をしちゃったもんなぁ……。)
思い出されるのは、ローに無理やりパンを勧めた数日間。
意図はよくわからないけれど、これでチャラにしてくれるのなら、安いものだろう。
「わかりました。」
QRコードを読み取って友達登録をしたら、ようやくローはムギを解放してくれた。
「連絡を忘れるなよ?」
「……はい。」
きっと、面倒くささが顔に出ていたのだろう。
ローは何度もムギに念押しをしたあと、バラティエ方向へ帰っていった。
帰り道、登録したての連絡先を見て、ムギは深々とため息を落とす。
もしかしなくとも、友達になってしまったのだろうか。
(あー……、頭痛い。)
今日何度目かの頭痛は、翌日、ムギをさらに苦しめるのだった。