第4章 注文はパンとレッサーパンダを
ムギの本心を知ったローは、その後も変わらずバラティエに通い続けた。
時折サンジからは警戒心を露わにした視線を向けられるものの、そんなものは鼻で笑ってやる。
あれからムギはというと、なんの変化もない。
本当に、驚くくらい変化がないのだ。
試食を勧める以前の彼女に戻り、会話といえばコーヒーを注文する時だけ。
バラティエを出たあとも変わらず同じホームで電車を待ち、電車内でガラス越しにムギを見つめるローを嘲笑うかのように、彼女はパンにだけ夢中。
たまに気がついて軽く会釈をする時もあるが、まん丸い瞳の中には特別な感情など宿っていない。
今までずっと媚びを売る女たちを嫌悪してきたというのに、いざ興味を持たれなければこれほどまでに苛立つなんて、ムギに会うまで知らなかった。
先日サンジから言われた警告を不意に思い出し、無意識に奥歯を噛んだ。
ムギが優しいのは、ローがバラティエの客だから。
反対に言えば、バラティエの客ではないローには米粒ほどの興味もないということだ。
ローはバラティエに通う以前からムギを知っていたが、ムギはどうだろう?
同じ時刻に同じ駅を利用しているため、顔くらいは知っていたかもしれない。
しかし、ローとムギは今現在とて、バラティエ以外の場所で“知り合って”いないのだ。
直接名前を教えてもらっていないし、教えてもいない。
そういう関係を、人は“他人”と呼ぶ。