第3章 ご一緒にパンはいかがですか?
愕然と黙ったローに対してなにを思ったのか、サンジはさらに言い募る。
「ムギちゃんは優しいからな。お前が食えそうなパンをあれこれ探してくれていたが、断じてお前が特別なわけじゃねぇから勘違いすんなよ。」
サンジの捨てゼリフは、ローの胸に深々と刺さった。
「サンジ! このヒヨッコが! いつまで油を売ってやがる、さっさとパンを焼かねぇかッ!」
「うるせぇな、ジジイ! 老いぼれのてめぇの代わりに、品出してやってんだろうが!」
いつまでも戻ってこないサンジに怒ったゼフから叱責が飛び、サンジは言い返しながら厨房に戻る。
ローはサンジに対して抱いていた怒りを忘れ、ラスクのことなど頭から抜け落ち、なにも買わずに店を出た。
ムギが今までローを気にしてくれていたのは、パンを食べさせたかったからなのだろうか。
それは決して好意などではなく、パン好きならではの大きなお世話。
そしてそれを証明するように、次の日からムギはローにパンを勧めなくなった。
いつものようにペーパーカップを渡し、業務的な笑みを浮かべ、特別扱いは二度としない。
彼女にとってなによりも大切なのは、バラティエのパンなのだ。
パン好き女がパン嫌い男にお節介を焼き、彼女は見事に成功させた。
ただ、ひとつ言うのなら、ムギは釣った魚にエサをやらないタイプだったのだ。
思わせぶりな態度をして、散々振り回しておいて、こっちが興味を持ったら背中を向けて二度と振り返らない。
こんな屈辱は、生まれて初めてだ。
(この借りは必ず返す。覚えておけよ、米田ムギ……。)
きっかけはどうであれ、ローの心には確実に火がついた。
心に宿った火の名前は、闘争心なのか、復讐なのか。
それとも、もっと別の名前なのか。
この時はまだ、誰も知らない始まりの火。