第3章 ご一緒にパンはいかがですか?
青天の霹靂。
頭の悪いムギでも知っている言葉を身をもって体験したのは、これが初めてだと思った。
(……え、幻覚?)
思わず己の目を疑ってしまうくらい、店に入ってきた人物の存在が信じられない。
つい動きを止めてフリーズしたムギを正気に戻したのは、あいかわらず短気なゼフの一声。
「こらァ、ムギッ!! ぼーっと突っ立ってんじゃねぇ、キリキリ働け!」
「はぁい、すみません!」
怒声を受けて我に返ったムギは、飛び上がってパンの品出しを再開する。
パン屋の仕事は、想像していたよりもずっと重労働である。
鉄板は重いし、小麦粉袋は重いし、とにかくいろいろ重い。
バイトを始めて半年ちょっと経つが、足腰の筋力はそれなりに上がっている。
10キロ単位の小麦粉袋を抱えられるくらいでなきゃ、パン屋の仕事は務まらないのだ。
ゼフはムギが女だからといって、あまり特別扱いはしない。
火傷を負った際には痕が残らないように念入りに手当てをしてくれるし、暗い夜道を歩いて帰宅するのを心配してくれるが、その程度である。
しかしゼフとは対称的に、バラティエには女性に対して過度なほど紳士的に接する男がいる。
「ムギちゅわぁーん、それ重いでしょ? レディにそんなものを持たせるわけにいかねぇ、俺がやるから、ムギちゃんは休んでてよ。」
「いや、大丈夫です。それよりパンを焼いてください、サンジさん。」
いつの間にか厨房から出てきてムギが持つ鉄板を奪ったのは、ゼフに続きバラティエ二人目のパン職人、副店長のサンジである。
ゼフの弟子であるサンジはパン作りにおいて達人のレベルではあるが、いかんせん、女性にとてつもなく弱かった。
フェミニストもここまでくると病気である。