第7章 トラ男とパン女の攻防戦
反省という言葉は、ローの中にも一応ある。
ムギが“付き合う”意味を勘違いしていたことは、最初からわかっていた。
そもそも、そう仕向けたのはローである。
正々堂々「付き合おう」と言ってもムギは頷かなかっただろうし、勘違いしていたからこそ、彼女はローの提案に乗った。
外堀を埋めるためにわざと噂を広めたのは、勘違いに気がついたムギが後戻りできないようにするため。
ローは一度も、誰にも、付き合うフリをしているなどと言っていない。
「ん……、ロー。もしかして味噌変えたか?」
「変えてない。」
「なんだ、そうか。」
朝食時、味噌汁を啜ったコラソンに質問され、怪訝に思ったローは味噌汁の椀を傾けた。
「……。」
しょっぱい。
どうやら、味噌の量を間違えたようだ。
料理上手なローは、普段こんな失敗をしないから、コラソンは味噌を変えたと思ったのだろう。
味見もしたはずなのに、舌が馬鹿になっていたのか。
舌。
不意に思い出す、昨夜の記憶。
あんな真似をするつもりじゃなかった。
日曜の別れ際だって同じで、ローには自分を好きでもない女に手を出す趣味はない。
けれども、ローが好きになってしまった女は、こちらの想いを踏みにじり、いとも簡単にこれまで築いてきたものを壊す女だった。
『なら、別れましょう。』
そう答えたムギの小憎たらしい顔を、今でも忘れられない。
同時に、そのあとすぐに己がしでかした暴挙も忘れられるはずがない。
一度触れてしまったら、止められない。
彼女の中に潜り込み、直に感じた体温が心地良くて、そういう触れ合いに慣れないムギを貪った。
想いを寄せる男のことなど、忘れてしまえばいいと思った。
艶めかしい声を漏らした彼女を家に連れ込み、どうにかしてしまおうと何度も思ったが、なんとか自制したのはムギの心が自分に向いていないと知っていたから。
知っていながら及んでしまった行為には、味噌汁の味を間違えるくらいには反省している。
しかし、後悔はしていなかった。