第5章 見返りはパン以外で
堂々とレッサーパンダが好きだと宣言されたムギは、どう反応していいのかわからず、微妙な表情で頷いた。
「あ……、そうですか。」
「なんだ、その反応は。」
「だって、いや、よかったです。ぬいぐるみが無駄にならなくて。」
ローの怒りを買わずに済んだのは良かったが、正直、レッサーパンダが好きだと宣言されても反応のしようがない。
「チ……ッ」
「今、舌打ちしました?」
「お前にじゃない、レッサーパンダにだ。いちいち腹立つ顔をしやがる。」
「……好きなんですよね?」
「ああ、認める。認めはするが、腹が立つことには変わりねェ。」
それはアレか、可愛さ余って憎さ倍増……みたいな。
知らなかった、ローとレッサーパンダの間にそれほどまでの愛憎劇があったなんて。
「まあいい。すぐにそんなアホ面ができないようにしてやる。」
「え、大事にしてくださいね?」
高いんですよ、という忠告は喉の手前で飲み込んだ。
するとローは、レッサーパンダを小脇に抱え、凶悪な笑みを浮かべてムギを見つめた。
「ああ、大事にしてやるよ。」
なんだろう、めちゃくちゃ怖い。
抱えられたレッサーパンダが不憫に思える。
「えっと、それじゃ、わたしはこれで。また明日。」
「家に着いたら連絡寄越せよ。」
「……はい。」
どうやら、ローはいつもの調子を取り戻したらしく、世話焼きモードに突入している。
断ったり反抗したりすると厄介なので、ここは素直に従っておく。
お金は払えなかったけれど、違う形でローに恩返しをしたムギは、心のつかえが取れた思いで歩き出した。
そんなムギの姿を見送りつつ、ローは独りごちに呟いた。
「覚悟しとけよ。自覚した以上は、絶対に逃がさねェ。」
獰猛な獣の如く眇められた瞳には、なにも知らない憐れなレッサーパンダの姿だけが映っていた。