第10章 イヅルの観点
ある日の昼休み、食事を済ませ業務に戻る途中で萌は修兵を見掛けた。
隊士達で賑わう昼下がりの広場で、女性隊士と時折笑顔を見せながら話し込んでいる。その女性は目を輝かせていて、修兵しか見えていない様子だ。表情からとびきりの嬉しさが伝わってくる。
「九番隊は午後から演習があるそうだよ」
ぼんやりと眺めていたところへ、ふいに後ろから声が掛けられた。振り向くとイヅルがこちらに歩み寄りながら同じように彼らを見やっていた。
「面倒見がいいからね。教えるのも上手いし」
誰とは口に出さないが、修兵についての話なのだろう事は明らかだ。萌の視線に気付き、イヅルは我に返ったように微笑んだ。
「勝手に説明してごめん。聞きたかったんじゃないかなって思って」
修兵を見ていたことはイヅルにはばれているらしい。それにしても、まるで萌の気持ちまで知っているような言い回しが少し引っ掛かった。だが事実はどうであれ、今はイヅルの気遣いを受け入れたかった。
「ありがとう」
素直に礼を言われるとは予想してなかったのか、イヅルは少し慌てた。
「い、いや…お節介だったかな」
「ううん」
サワサワと午後の風が吹き抜けていくなか、萌は半ば自分に言い聞かせるように喋り始めていた。
「あたし周りの人に助けられて、教えられてばかりで…みんなを見習ってしっかりしないと」
横でイヅルがきょとんとした顔を見せる。
「…嫉妬とか、しないの?」
「え?」
「何でもないよ。僕、萌さんのそういうところ嫌いじゃない」
薄く笑ってイヅルは立ち去っていった。
修兵のことが気になっている…好きという感情が胸の奥にある。余りにも自然に芽生えた感情に自分でもまだ戸惑っている最中なのに、イヅルはそんな萌の気持ちに気付いている…