第11章 執事、引退
ずっとずっと、両親はいなかった。
いつも回りには大人たちがいて、生きていくためには困ることはなかった。
さみしい、とか。
悲しい、とか。
そんな感情すらどこかへ捨てた。
あたしが泣けば、両親は仕事へと行けなくなる。
足枷に、なってしまう。
だから。
ずっとずっと泣いちゃ駄目だって、いい聞かせてた。
だけどハイセは。
あたしに泣ける場所をくれた。
泣いてもいいんだって、教えてくれた。
我慢しなくても、いいんだって。
『お嬢様』
『皇』
こんなにも。
いつの間にかこんなにも好きで好きで仕方なくなってたなんて。
ハイセの存在がこんなにも。
あたしの1部になってたなんて。
ハイセ。
ハイセ。
「…………はい、せぇ………っ」
掌に残ったハイセの唇の感触が、消えない。
拭ってもらった涙の、指先の熱が消えない。
こんなにも。
こんなにも近くハイセを感じるのに。
ぬくもりがまだ、あるのに。
…………遠い。
ハイセとの距離が、遠すぎるよ。
「………ぅぅ…っ」
ハイセがいなきゃ。
泣くことすら出来ないのに。
どうやってこの感情を、想いを。
吐き出せばいいのかわからないのに。
ハイセが教えてくれた。
泣き方。
甘え方。
全部。
だけどハイセがいなきゃ、そんなものなんの意味もないじゃない。
ハイセがいなきゃ、全部無意味だ。
ハイセ。
ハイセ。
『ずっと、一緒です。お嬢様』