第9章 ふたりの境界線
痛い……。
頭、痛い。
気持ち悪い。
頭割れそうに痛いし、胃が焼けるように吐き気がする。
『………』
なに。
だれ。
顔が、見えない。
声が聞こえない。
でも。
なんだろう、すごく嫌。
ここは、怖い。
嫌だ。
ここにいてはいけない気がする。
━━━━━ハイセ。
そうだ。
ハイセは?
ハイセはどこ?
「………せ」
ハイセは?
「ハイセっ!!」
…………あ、れ?
「うなされていましたが、ご気分でも?」
ここ。
あたしの、部屋。
窓の外、真っ暗、ってことは夜中か。
ベッド脇に用意された椅子。
心配そうにベッドに身を乗り出すハイセは、まだ燕尾服。
「………ずっといたの?」
「怖い夢でも見ましたか?」
「夢………」
夢。
そうか。
そーいえば。
頭痛も吐き気も、なくなってる。
「……ごめんね、ハイセ」
ずっとついてて、くれたんだ。
「落ち着きました?」
「ええ」
優しい、ハイセの笑顔。
安心する。
あたしはいつもこーやって守られてばかりで。
いつもいつも、ハイセの負担になってる。
ちゃんと横にならないなら、疲れなんてとれるはずもないのに。
だけど。
わかってるけど。
そばにいて欲しいって、望んでしまう。
「朝まで、いてくれる?」
「もちろんでございます」
横になるあたしの頭を撫でて。
ハイセが優しく笑う。
「………一緒に、寝ちゃ駄目?」
「………」
わかってる。
こんなときはハイセは執事、に徹するから。
たぶんきっと。
今のあたしは『お嬢様』で、ハイセは『執事』。
あたしの甘えはハイセを、困らせる。
「冗談よ、お休みなさい」
「はい、おやすみなさいませ」
恋人と執事の境界線。
線引きまで完璧なんだ。
少しくらい、あやふやなままでもいいはずなのに。
ハイセのバカ。