第30章 映る
「マヤ…」
マヤのなかば愛の告白のようなささやきに、リヴァイは胸が熱くなる。
もう口づけはしない、抱かないと決めたばかりなのに、すぐにでも禁を破って抱擁したい。
そんな愛欲にあらがえず、マヤを強く抱き寄せた。
目の前には焚き火の明るさでも艶やかに光っているのがわかる、美しい形のくちびる。
吸って吸って吸い上げて。その勢いで中まで犯して今すぐにでも。
強い衝動に駆られても、今は駄目だ。
リヴァイは苦しそうに眉間の皺を深くして、さくらんぼのようなマヤのくちびるにはキスをせずに、鳶色(とびいろ)の髪に顔をうずめた。
しばらくそうしていたが、意を決したように告げる。
「もう寝ろ」
リヴァイに抱きしめられ、匂いも体温もひとつになっていたマヤは首を振る。
「もう少し…、ううん、朝までこのまま一緒にいたいです」
「そうしたいのはやまやまだが、寝不足で馬から落ちたらどうする。体調管理も任務のうちだ」
「……わかりました」
マヤは素直に立ち上がって “おやすみなさい” と、名残惜しそうな態度を見せながらも立ち去った。
リヴァイはマヤが消えた草むらから、視線を動かす。何もない暗闇を厳しい顔で眺めていたが、静かに呼びかけた。
「おい、お前もだ。訓練に差し支えるから早く寝ろ」
草むらが少し揺れたような気がする。
だが誰かが出てくる訳でも、声がする訳でもない。
相変わらず聞こえてくるのは、ぱちぱちと小さく焚き火が爆ぜる音と虫の声。
リヴァイは、はあっとひとつ大きなため息をついた。
「いい加減にしろ。いるのはわかっているんだ。出てこい、これは命令だ」
すると十秒ほど間があったのちに、かさかさと暗闇の草むらから音がして、ぬうっと現れたのは。
「オルオか」
「す、すみません! 覗くつもりはなかったっす!」
頭を下げるどころか、蛙のように這いつくばっている。
「寝ぼけて舌を噛んじまって起きたんです。で、小便でもしてから寝直そうと思ったら物音がしたから気になって…」
「ほぅ…、物音か。なんの?」
「それは兵長とマヤの…」
ひたいを地面にこすりつけたまま、オルオは焦った。
……言えねぇ! キスの音を聞いたなんて死んでも言えねぇ!