第9章 ロシアン月餅ルーレット
彼女は見た目もかわいらしく、裏表のない性格であり、人の機微に敏感でよく気がつくし、また男性を立てることを知っていて、穏やかで感情を爆発させることもない。
決してモテない要素がないわけではないだろう。むしろどちらかと云えば、モテる要素が多いほうだと言える。
しかしそれを帳消しにしてしまうほど、彼女は重度のミステリー中毒者であり、飄々とした変わり者だ。
掴みどころのない杏奈に、同年代の青年たちはどう扱うべきか戸惑い、恋愛感情を抱くどころではない。
何より、杏奈自身が恋愛に興味が毛の先ほどもないのだ。
彼女は好きなものにはトコトンのめり込むが、同時に、興味のないことにはトコトン興味を持たない。図書館で遭った青年に対する、杏奈の言葉を思い出せばよく分かるだろう。
恋愛をする気がない杏奈に恋人ができることは、彼女がミステリー小説から、恋愛小説に鞍替えするくらい、有り得ない。
彼女の様子に、勿体ないわねぇと夫人が頬に手を添える。
「もしアンちゃんに気になる人がいないなら、うちの孫なんてどうだい?」
「あらぁ、いいじゃない。年も近いし、きっと気が合うわぁ。」
夫の言葉に、夫人もナイスアイディアとばかりに、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべた。
心の底から何かがモヤモヤと湧き出る感覚に、松田の眉間がよる。
年が近いだけで、気が合うかよ。
松田は内心そう吐き捨てる。
杏奈はその辺にいる同年代の女子とは、何もかも違う。
世間一般の"普通"の尺度に彼女を当てはめて、当然のようにそう言う老夫婦が、松田は気に入らないと思ったのだ。
半ば睨みつけるように、松田は肩越しにテーブルをみる。
それを知ってか知らずか、杏奈は相変わらずへらへらと緩い笑みを浮かべて口を開いた。
「お二人のお孫さんなら、お会いしてみたいですねぇ。」
その言葉に松田の眉間に、ついに深い溝が刻まれた。
まるで老夫婦の提案に乗るかのようなその発言に、松田の心がチリチリと音を立てる。
いくら常連客の提案だとしても、断らずへらへらしている杏奈に怒りさえ湧いた。
どうせ上手くいかねぇくせに。
杏奈にその気がないうえに、彼女のような一風変わった女の子を、そんじょそこらの男が扱いきれるとも、松田は思わない。