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星条旗のショアライン

第16章 【長編】2019年 Xmas企画③(MCU/蛛and医)



S.H.I.E.L.D.という特殊機関にヒーローの肩書きで籍を置いていようとも、労働するからには決まった回数の年次有給を取得しなければならないと釘を刺され、無理やり休暇をねじ込まれてしまった十二月の一週目。
週末から任務を共にする筈だったナターシャへ詫びがてら引き継ぎの書類を手渡しに行くと「もう連絡は貰ってるわよ」と口角を上げながら優雅に手を振られる。案の定フューリーに対する小言と皮肉を延べつ幕無しに浴びせられたが、最後には「せっかくなんだからゆっくりしなさい」と尻を強めに叩いて送り出された。
ナターシャが冷酷な女スパイと形容されたのは昔の事。本来の彼女は素直でたおやかで、その竹を割ったような性格には何度も救われている。必ず埋め合わせをするからと約束を取り付けて再び詫びれば、彼女は慈しみに満ちた柔らかい微笑みを噛みながら頷いて麗しのレディシュヘアを肩から流した。
礼も程々に退室し、直ぐさま尻ポケットに指を差し入れて触れた物をするりと引っ張り出す。尻を叩かれた際に何かを忍ばされた事には気付いたが、どうやら八つ折りにされた書類のようだ。開くとナターシャの筆跡でオススメのカフェの名前が何件も書き記されていた。
(……適わないな)
大方、趣味もなく暇を持て余すであろう俺の堕落した日々を危惧して先手を打ってくれたといったところか。俺にコーヒーの良さを教えてくれたのは紛れもなく彼女だったが、こんな世話まで焼かせてしまう事になろうとは。
以前からよくオフが重なる度にカフェ巡りの誘いを受けていたけれど、あれだけの件数を回ってなおオススメの店舗がある事にも驚かされる。情報収集を得意とする彼女に抜かりはないのだろう。

(2)

グランド・セントラル駅付近にもまだ見ぬ未開の地があると知ったのはカフェ巡りを始めて一週間が経った時の事。北口改札以外は利用頻度が低かったばかりに元アベンジャーズタワーの裏手の通りは全く持って盲点だった。灯台下暗しと言う奴だ。休憩室のドリップバッグの手配が異様に早かったことを思い返せば、コーヒーショップが近隣に軒を連ねていた事くらい簡単に考えが至ったろうに。

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