第7章 風の強い日
2人が訪れたのは有名ブランドの店であった。
女優は買い物する店も洒落ている、そう思いながら慣れない雰囲気に呑まれそうになりながらクリスの後を追った。
するとクリスは店内を見廻し、迷いなく数着の服と靴、鞄を手に取り、みなとに手渡した。
「試着がしたいのだけど」
呆気に取られているみなとを余所に店員によってフィッティングルームに案内され、あれよあれよと言う間に全身の試着が完了してしまった。
『ク、クリス?』
「あら、似合うじゃない、これ、全部いただくわ。このまま着て行っても?」
「かしこまりました、ありがとうございます。」
みなとは状況が読めないまま、クリスが会計しているところを眺めることしかできなかった。
「今日付き合わせたお礼よ。」
『こんな高価なもの…!!』
「いいの、言ったでしょ?仕事が忙しくて出かけることも少ないの。なかなかお金も使えないんだからこんな時でないと。」
『…ありがとう。』
そんなことを言われると断ることも出来ず、遠慮なく受け取ることにした。
それから少し打ち解け、2人でブラブラと買い物や食事を楽しみ、夜にホテルまで送って別れた。
「今日はありがとう。久しぶりに楽しめたわ。これ、私の連絡先。何かあったら連絡して、貴女のこと気に入ったわ。」
『こちらこそ、ありがとう!またこっちに来る時にでも会いましょう!』
「…そうね。」
『クリス!』
じゃあね、と去っていく後ろ姿はどこか儚げで、もう会えないのでは、とつい名前を呼んでしまった。
「……ベル」
そう呟かれた言葉に首を傾げた。
「これからはそう呼んで頂戴。特別な人にしか呼ばせない愛称、といったところかしら?」
『ベル』
「なぁに?」
『またね、ベル!』
「えぇ、また。」
何故「ベル」なのか、何故私にそう呼ぶよう求めたのか、何故そんなに寂しげな目をしているのか、聞きたいことは山程あった。
しかし、彼女から尋ねてくれるなというオーラが出ていたため、何も聞くことは出来なかった。
もう一度彼女を振り返ると、こちらを振り返ることなく歩き続ける彼女が目に入った。
再度声をかけようとした瞬間、強い風が吹き、思わず顔を守って目を瞑る。
次に目を開いた時には彼女の姿はなかった。