• テキストサイズ

GIOGIO/Breve modifica

第14章 Orecchini【アバッキオ】






無い。
床に這いつくばりながら、チヒロは青くなった。

無い、無い、どこにも無い。

恐る恐る片耳に手をやる。
勘違いであってという彼女の願いも虚しく、指先に触れたのは自分の温い耳だけだった。
残念だが、認めるしかない。

──ピアスを片方、どこかに落としてきたと。


「あぁ…………」


盛大なため息と共に、がっくりと膝をつく。
アジトの床もテーブルもソファの隙間もくまなく見て回ったけれど、見当たらない。
となれば、外出していた間に落としたに違いない。

たかがピアスひとつで、と普段なら思ったかもしれない。
でも、今日つけていたあれは違うのだ。
あれは、あのピアスは特別なのに───…

うぅ、と声にならない声が漏れる。
よりにもよって、そんなにも大切なものを落としてきた自分への呆れ、憤り、情けなさ。
ちなみに落とした場所の心当たりは全くない。

ああ………馬鹿。
自己嫌悪のため息が次から次へと吐き出される。


いつまでもここで落ち込んでいても仕方がない。
ダメ元で、もう一度今日歩いた道を辿ってみようか…と考え始めた時だった。


「……何やってんだ、そんな所で」

床に座り込んでいる彼女の頭の上から低い声が降ってきた。
驚いて見上げると、鋭い目が呆れたようにこちらを見つめている。

「アバッキオ」

チヒロの母国である日本とは違って、ここイタリアに床に座る習慣はない。
だからこの訝しげな視線も当然で、彼女は苦笑しながら立ち上がった。

「え………と、何でもないわ。驚かせてごめんなさい」

「何でもなくねえだろ。…どうした?」

やはりというか何というか、アバッキオはこういう時、鋭い。誤魔化そうとしてもすぐに見抜かれてしまう。

けれど、彼女には分かる。
一見睨んでいるようにしか見えないこの表情も、尋問のような口調も、全ては彼が自分を気遣う心の表れなのだと。


───だからこそ、彼には知られたくなかった。


「ほ、本当に何でもないのよ!
あッ、そうだわ私、まだ仕事が残ってたんだわ!急がなくっちゃあ」

我ながら下手な演技だと思ったが、これ以上質問されたら隠しきれない。チヒロはそそくさと部屋を後にする。
残ったアバッキオは黙ったまま、その後ろ姿をじっと見送った。

/ 81ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp