第9章 prego【ナランチャ】
やがて、背中からすうすうと穏やかな寝息が聞こえ始める。はあ、と息をついた彼は、今度は本当に首をもたげて後ろを振り返ってみた。
目に飛び込んでくるのは、すっかり安心した様子で眠るチヒロのさらりと流れる柔らかな髪、伏せた長い睫毛、ふっくらした唇、白い首筋にすっきりとした鎖骨、その下の───……
だあああああッ!くそッ!!
また例の妄想が首をもたげそうで、頭を振って跳ね飛ばす。
とはいえ、ナランチャは健全な青少年で、その隣で無防備なチヒロはシャンプーのいい匂いなんかさせている訳で。
これで妙な気分になるなという方が無理な話だ。
……まったくよォ〜、オレがこんなに理性的じゃあなかったら、お前、今ごろどーなってるか分からねえんだからな。
ため息をついて、安心しきった寝顔を眺める。
ま、お前はどーせオレのこと…"弟"みてーにしか思ってねえんだろうけどよ。
…だけど、オレは。
彼女と過ごしたこの時間で気づいてしまった。
今まで仄かに感じていた、この気持ちが何なのか。
この想いの、名前は───。
ばふ、とシーツに背中を沈める。
見てろ、今に弟だなんて思えねぇようになってやる。
ブチャラティよりも頼れる男に。
お前が、いつだってオレでなくっちゃあダメだって言うくらいに。
だからそれまでは、その顔…他の誰にも見せるなよな。
今この瞬間は、彼女も、この寝顔も、自分だけのもの。
ナランチャは思わずふ、と口角を上げる。
窓から見える白んだ空が、この決意を後押ししてくれているようだった。
………"白んだ空"?
───ゲッ!おい、もう朝になりかけてるじゃあねーかッ!!!
オレまだ一睡もしてねえぞ!どおしよォ〜ッ!?
焦る彼が"誰よりも頼れる男"になるまでには、まだもう少しかかるらしい。
END