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ドルフィンを待つ夜【インディゴの夜】

第1章 出会い


「いや、ポンサックさんに頼まれて、買い出しに行ってたっす」
 右手にぶら下がったビニール袋をテツは掲げてみせた。袋の中には、卵とパセリが入っているようだった。タイ人顔で、片言で話すポンサックは、やはりindigoのホストだが、料理が得意で、接客をしない時は店内で振舞われる料理を引き受けている。
「ポンサックさんのお料理、美味しいもんね~」
「ホントっす」
 なんとなくテツの口調が店で接客している時より固い。同伴でもないのに、外でばったり出会ったことに、緊張しているのかもしれない。そういう、ホストらしからぬところが、また彼の魅力でもあるのだが。
 それとなく肩を並べて歩く形になる。頬が熱くなっていることに気付かれたくなくて、風音はうつむいた。
「あのね、テツくん」
「なんすか?」
「今夜……」
『指名していいかな?』と尋ねようとした言葉は、「テッちゃん!」と突然、飛びこんで来た愛らしい声の前に消えた。
 二人が向かう道の先、鉄橋の上から、声に似合った可愛らしい長髪の女性が、無邪気にテツに向かって手を振っている。テツも手を振り返した。
「歩美ちゃん!」
 テツの表情がキラキラしているのが分かる。お店の他の客には見せない、とっておきの笑顔。ズキリと痛む胸をキュッと拳で押さえて、風音は無理に微笑んだ。
「テツくん、私は先にindigoへ行くから、ポンサックさんに頼まれた荷物、良かったら貸して?」
 テツが驚いた顔になる。
「え? そんなわけにはいかないっす」
「ジョン太さんに頼まれたんだ。テツくんと歩美さんの間、取り持ってやってくれって」
 素早くテツからビニール袋を奪って、にっこり笑う。
「後から歩美さんと二人でゆっくり来て」
 歩道橋ですれ違いさま、ぺこりとindigoの同じく常連客、大迫歩美に頭を下げた。そのまま一気に『indigo』とデザインされた洒落た看板の前まで走る。
――テツくんは歩美さんが好きだって、テツくんを見ていれば分かる。……だから、ジョン太さんの言う通り、応援してあげなくちゃ。
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