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青空と誓いと

第2章 兄弟


「…誰にやられた?」
女は答えない。
閉じたまぶたも開かない。
「…誰にやられた?」
男は再度問う。
女はやはり答えない。
柔らかそうな唇からこぼれ落ちるのは、真紅の血だけ。
「…誰に…」
三度目の問いは、言葉にならずに消えた。
「あ、あの…」
声を出したのは、幼い兄弟。
まだ十にもならないだろう兄は、更に小さい弟を背中に隠しながら、男を見上げる。
「そ、そのお姉ちゃん、僕達を、助、助けてくれて…」
男の碧眼が兄弟を見る。
弟が兄の背中に顔を埋めた。兄はゴクリと唾を飲み込み、震える唇を開く。
「弟が、天人にぶつかって、そしたら、天人が弟の事捕まえて、僕も蹴られて、そしたら、お姉ちゃんが…」
男は女に視線を戻す。
折れた白い日傘。
それを持って、兄弟をかばう女の姿が目に浮かんだ。
「それで?」
男に問われ、兄は肩を強張らせる。
「お姉ちゃんが天人を日傘で叩いたから、弟は逃げられたんだけど、今度はお姉ちゃんが捕まっちゃって、お姉ちゃん、僕達に逃げろって…」
男は女の頬を優しく撫でる。
「誰か呼んでこようと思ったけど、皆、天人怖いって…」
男は女の体を抱き上げた。
血が滴り落ちる。
斜めに折れた女の首は、男の胸にもたれた。
「その天人はどんな奴だった?」
男は女の額に己の頬を寄せたまま問う。
「ライオンみたいな。毛は、赤っぽかった」
答えたのは、今度は弟だった。
男はそれを聞くと、女を抱き抱えたまま歩き出した。
…しゃらん。
音がして、女の黒髪から何かがすべり落ちた。
男も兄妹もそれを見つめた。
紫の石で藤の花を模した簪は、日の光に美しく光っている。
弟がそっと拾い上げ、男に差し出した。
しばし、男と見つめ合う。男が口を開く。
「やるよ。多少傷付いてるみてぇだが、売りゃあそれなりの金になるだろ。付ける女がいねぇんじゃ、簪なんて不要品だ」
弟は目を見開く。
何か言おうとした兄は、男の眼差しに口を閉じる。
「お前ら痩せてんじゃねぇか。その金でメシ食って、強くなりな。天人だろうがなんだろうが、尻込みしねぇで戦えるくれぇにな」
男はそう言うと、再び歩き出した。
その背中に兄が声をあげた。
「俺達、強くなります。天人なんかに負けないくらい」
男は黙って歩いて行った。
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