第2章 焦がれつづけて【ゴッホ兄弟・★】
「さぁ、手を出せ」
素直に手を見せる彼女。
血が滲んでいる箇所にワインを掛けると、彼女は顔をしかめたけれど声は上げなかった。
包帯を軽く巻くと、彼女が微笑む気配がした。
「………なんだ」
「ううん。優しいな………て思ったの」
思わず瞠目する。………遅れて、冷たい笑みを浮かべた。
「点数稼ぎか? ………駄犬は抜け目が無いな」
「そんなこと………。本当にそう思ったから、言っただけだよ」
そっと微笑う彼女に、募るのは苛立ち。
「自分が誰だか忘れたか、駄犬?
格好の餌を、俺達が丁重に扱うとでも? 自惚れるな」
ありったけの侮蔑を込めて、言い放った。
「そう、だよね………。」
瞳が揺れている。………悲しみを堪えるように。
立ち上がると、彼女は走り去っていった。
軽蔑すればいい。………憎んでしまえばいい。
俺を。
胸が軋みつづけていたけれど、幻だと言い聞かせて。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
やがて、半ば乱暴にノックが響く。
「………はい」
扉を開くと、紅の焔が燻る瞳を向けてくる兄が。
「イサラに何をしたの」
怒りを押し殺した口調。咎めるような視線を向けてくる兄に、呟いた。
「怪我の手当をしただけだ、兄さん」
その様子に、彼は拳を握りしめたけれど
無言で部屋を出ていった。………彼女を探す為に。
あの女の涙を拭うのは、兄こそ相応しい。
憎まれ役なんて慣れている。
――『違うわ。抱きたい女じゃなくて好きな人よ、身体じゃなくて心で求める相手』
ふいに、あの娼婦の言葉が甦ってくる。
「心、か………。」
認める訳にはいかない。………兄さんと駄犬は、想い合っているのだから。
「………イサラ」
呟いた名は、哀しいほど優しかった。