第1章 出逢い
私が目を覚ましたのは、人気の無い路地裏の硬い地面の上だった。
見えるのは薄暗い空だけ。この明るさだと、夕方くらいだろうか、それとも早朝か。
状況を理解するのに時間が掛かった。段々と、背中に地面の冷たさが伝わってくる。
ゆっくりと体を起こすと、今度は全身に鈍い痛みを感じた。
「痛っ」
思わず声が出る。
何やら気配のようなものを感じ、座った状態のままそっと後ろを振り向いてみると、少し離れたところに人が立っていた。
目を凝らして見てみると、その人物はどうやらスーツを着た男性のようで、手帳らしきものをひたすらにめくっていた。
「どこにも載ってないんだよな」
そう呟いたスーツの男は、手帳に落としていた視線を私の方へ向けた。
「お、やっぱり死んでなかったか」
私を見るなりそう言って近づいてくる。
男は、何か大きな機械のようなものを引きずっていた。
2、3歩近づかれた所で気が付いたが、男は黒縁眼鏡を掛けているようだ。
眼鏡の男は、手の届くくらいの所まで来ると、私の目の前にしゃがんで言った。
「いやー、君、リストに載ってないからさ。でも声掛けても全然反応ないし、息してるようにも見えなかったからね。特例かと思って焦ったよ」
私はこの眼鏡の男が言っている言葉の意味を半分以上理解できないでいた。
「え、あの。リスト? 特例?」
「あぁ。気にしなくていいよ」
そう言った男は、開いていた手帳をぱたんと音を立てて閉じた。
「ところで、君はどうしてこんな所で寝転がってたの?」
男からのこの質問で、私はようやく気づいた。どうやら一部記憶を失っている。
その事実に戸惑った。考えてみれば、若い女が路地裏に一人寝転がっているなど、普通の状況ではない。
一瞬にして頭が真っ白になってしまった。
「大丈夫?」
男の一言で我に返った。しかし、言葉が出てこない。
「んー、どうしたんだろうな。何か、言えないくらい酷いことされた、とか」
私の手は震えていた。寒気から来ているのか、それとも別に原因があるのかは私にもわからなかった。
「おっと、マジで大丈夫?」
男は、先程までの軽そうな雰囲気から一転し、真剣な表情で問い掛ける。
しばらく、私が話し出すまで何も言わずに待ってくれていた。その間、気を遣ってか、私の体には触れないようにしてくれていたようだ。