第9章 Heal
記憶にないって怖い。知りたいけれど知ってしまったら立ち直れなくなりそうで、私は怖々と訊ねた。
「変なこと言ってた?」
「変というか、驚いた。まぁ綿世は誰にでも言うからな。あんま気にしてねえ」
「そっか……じゃあそのまま忘れて」
「それは無理だ」
「うぅ、お願いします忘れてください…!」
轟くんは忘れたくないなんて言う。そこまで衝撃的な台詞だったの……?誰にでも言うってことは、可愛いとか綺麗とか言ったのかな。
うわああいやだああ……いや、言ったことあるけど!それとこれとは別だ……。
私が悶々としている間、轟くんはしばし思案して、それから思いついたと言わんばかりに期待を込めた眼差しを私に向けた。
「名前で呼ばれたら忘れるかもしれねえ」
「え、名前?うーん……いいけど、“かも”じゃやだ。絶対がいい……」
「努力する」
轟くんは居住まいを正して私の言葉を待つ。名前で呼ぶ事は確定事項みたいだ。まあ、それで水に流してくれるなら良しとしよう。自分に言い聞かせた。
しかし、見つめられると緊張する。入院着の裾を握り締めて小さな声で彼の名前を呼んだ。
「……焦凍、くん」
「おお」
「わー!待って無理照れる!」
「言われた方が照れるもんじゃないのか」
「轟くん照れてないよね?」
熱い顔を両手で覆う。轟くんは平然とした表情のまま、そうだなと頷いた。私はああ、この人には適わないんだ、と悟る。
「もう一回」
「えっ」
「……嫌か?」
こてんと首を傾げて見つめられたら嫌だなんて言えなくなる。この人わかっててやってるんじゃないか。思わず承諾しそうになるけれど、今回ばかりは耐えた。
「また今度!気が向いたらね」
当たり障りのない答えを返すと轟くんは不服そうな表情を浮かべた。
「ケンはよくて俺はだめなのか」
まさかの答えに私は言葉を失う。
──あれ、これはもしやヤキモチというやつ?
そう考えたらモヤモヤする発言からの様子に説明がつくような。
でもこれで違ったらとんでもなく恥ずかしいから、口には出さなかった。