第5章 人生万事塞翁が虎
―――十五番街、西倉庫。
完全自殺読本という本を読む太宰。そして、その近くに座って月を見上げているなまえ。そんな二人を交互に見ながら、敦は恐る恐る尋ねた。
「…本当にここに現れるんですか?」
『うん。』
「心配要らない。虎が現れても私達の敵じゃないよ。こう見えても武装探偵社の一隅だ。」
「はは 凄いですね自信のある人達は。僕なんか孤児院でもずっと駄目な奴って言われてて。そのうえ今日の寝床も明日の食い扶持も知れない身で…。こんな奴がどこで野垂れ死んだって…いや、いっそ喰われて死んだほうがーー」
『敦君。』
「……はい?」
『辛い思い出は、明日への糧になる。何も心配なんて要らない。私と、治に出会ったんだから。』
「……それって…どういう……」
敦の問いに、なまえが答えることはなかった。
「却説ーーそろそろかな」
ガタン、という物音が3人の耳を掠める。
「今……そこで物音が!きっと奴ですよ太宰さん、なまえさん!ひ、人食い虎だ。僕を喰いに来たんだ!」
「座りたまえよ敦君。虎はあんな処からは来ない」
「ど、どうして判るんです!?」
「そもそも変なんだよ敦君。経営が傾いたからって養護施設が児童を追放するかい?大昔の農村じゃないんだ。」
『そもそも経営が傾いたなら、一人や二人追放したところでどうにもならないわ。』
「お二人とも、何を云ってーー」
「君が街に来たのが2週間前。虎が街に現れたのも2週間前。君が鶴見川べりにいたのが4日前。同じ場所で虎が目撃されたのも4日前。国木田君が云っていただろう。武装探偵社は異能の力を持つ輩と寄り合いだと。巷間には知られていないがこの世には異能力を持つ者が少なからずいる―――」
その力で成功する者もいれば
力を制御できず身を滅ぼす者もいる
太宰のその言葉に、なまえは拳を小さくぎゅっと握った。
月明かりが、倉庫の中をほんのりと照らした。
そして月下に写された敦の身体は、見る見るうちに虎の姿へと変わって行く。