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青 い 花 【文豪ストレイドッグス】

第4章 黒の時代








その日は、雨が降っていた。



深夜十一時。
ようやく小降りになった雨が、涙のように頬を垂れる。

小さなキャリーバッグを引いて、幽霊のように浮かぶ瓦斯灯から身を隠すような気持ちで通りを抜け、酒場のドアを潜った。店内を揺蕩う紫煙に胸まで浸かりながら階段を降りると、すでに太宰がカウンターの席に座って、酒杯を指で玩んでいた。頼んだ酒を飲まずに、ただ黙って眺めながら。



「やァ、なまえ。」



太宰が嬉しそうに云った。
なまえは、黙って彼の隣に静かに腰掛けた。何も訊ねずに、バーテンダーがいつもの蒸留酒のグラスを目の前に置いた。
今は亡き織田作之助がいつも頼んでいた其れを、背伸びをして真似し始めたのはつい最近の事だ。



「来てくれたんだねえ、私は嬉しいよ。」

『白々しい。来ることなんて始めから分かっていた癖に。』

「ふふ、それがそうでもないのだよ。」

『…珍しく自信なさげじゃない。』

「まァ、理由がこれなのも気に食わないのだけどね。」



言いながら太宰は、グラスの中の氷を細長い指でくるくると玩んでいる。



『…中也のこと?』

「私の前で他の男の名前を呼ばないでおくれよ。」

『他の男、っていうか。中也限定よね、其れ。』



なまえの言葉に、太宰ははあ、と大きく溜め息を吐いた。



『……辛くはないなんて云ったら嘘になるけど……後悔はしてない』


なまえの言葉に、太宰は指を止め顔を上げた。


「後悔なんてさせないさ。」


太宰は言ってから、なまえの頭を優しく撫でた。


『…アテはあるの?』

「勿論。これから、ある人に会いに行こうと思っていてね。それよりなまえ、荷物はそれだけでいいのかい?」


太宰はなまえの引いている小さなキャリーバッグに視線を落とした。

何を持って行こうか、なんて考えるより先に行動していた。
中也の帽子と、数枚の写真。それと、あのロイヤルブルーのドレス。
本当に大切なものなんて、案外少ないものなのだ。



―――いつか。

いつかまた、彼に会える時が来たら。

いつになるかはわからない。彼が、私を許してくれるとも思えない。

けれど。またこのドレスを着て、彼に会える時が来ればいいと思う。

許されるのならば。

その時は―――。


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