第11章 彼女には向かない職業
「なまえくん。」
広津の声に、行こうとしていた歩みを止めなまえは振り返った。
『何度も言いましたけど、お礼なら要りませんよ。』
「ふふ…貴女は、本当に変わらない。」
『それ、褒め言葉として受け取っていいんです?』
「勿論。最大の賛辞だ。」
『広津さんに褒めてもらえるの、照れるなぁ。あ、この事、首領には絶対云わないでくださいね。勿論、中也にも。』
その言葉に、広津の後ろにいる樋口は不思議そうに問うた。
「中原さんにも、ですか?」
『当たり前……彼奴に知られたら、もうすんごく厄介なことになるから。これは私と、樋口ちゃんと、黒蜥蜴の秘密だからね。よろしく。』
「?わかりました。その、なまえさん……本当に……」
言いかける樋口の言葉を、なまえは勢いよく遮った。
『だーかーら!私が勝手にやったことでしょう?樋口ちゃんは、一言だって助けてほしい、なんて云わなかったよ。』
「ですが…!!」
『貴女は自分が思っているより、ずっと強い女性(ひと)だよ。無理とわかっていて動くことなんて、常人には到底できない。』
「…!!」
『もっと自分に誇りと自信を持ちなさい。こんなに素敵な部下達に慕われ、命を賭してでも上司を守ろうとした自分に。』
なまえの言葉に、樋口は拳をぎゅっと強く握りしめた。
溢れんばかりの感謝と崇敬を抱いて、樋口は思い切り頭を下げた。
『……またね。』
なまえはそういって、静かに夜の闇へと消えて行く。
強さを微塵も感じさせない華奢な背中を、強い崇敬の念を抱きながら、樋口たちは見えなくなるまでずっと見つめていた。