第10章 たえまなく過去へ押し戻されながら
首領は、口角を上げて言った。
「君に、ポートマフィアに戻って来て欲しい。」
首領の言葉に、なまえの眉がぴくりと動いた。
「太宰君も捕まっている事は知ってるね?このままだと彼は処刑される。探偵社も後数日で芥川君達によって滅びるだろう…そんな展開、誰が望むだろう?」
『………』
「君が戻ってきてくれるのなら、全てを帳消しにしても良い。悪くない話だと思うよ?」
『……断ったら?』
「断る理由が見つからないね。これが論理最適解だ。」
首領は自身たっぷりにそう言うと、にやりと妖しい笑みを浮かべた。
『……お言葉ですが首領。私はもう、誰も殺さないと決めました。』
「……”誰も殺さない”?へえ……このポートマフィア歴代暗殺功績トップの"夜叉"と呼ばれた君が?」
『………はい』
「この四年で君は随分変わったようだね。”天衣無縫”……亡き旧友に感化でもされたかね?」
首領の言葉に、なまえの口元はぴくりと動く。
「残念だけど、なまえちゃん。闇に咲く花は闇でしか憩えない。どうやら今はその立派な信条を掲げているようだけれど、君は必ずまた人を殺すだろう。黒く染まった過去も心も、もう白く染めることなどできやしないのだから。」
―――違う
『…過去が変えられないことはわかってる……でも、未来は』
「いいや、変わらないさ。君の異能力は、殺しの為に存在するのだから。」
―――違う
「君のその血で塗れた手は、いつか探偵社を危機に及ばすだろう。」
―――違う!!
『…そんなはず…ない……だって私は……人を、救う』
がたがたと、唇が、身体が、小刻みに震える。まるで体内の血液が逆流しているようだ。今まで人を殺めてきた時の感覚が、走馬灯のように脳内を駆け巡った。
「幾人もの人間を殺してきた者に、人を救うことが本当にできるとでも?」
『………ッッ、!!』
なまえは顔を上げた。其処には、にっこりと微笑む森鴎外が立っている。
「君の居場所は、此のポートマフィアだ。」
瞳から一筋、熱い何かが伝った。