第3章 『湖上』
「泰子、着いたぞ」
「んー...」
助手席に身を乗り出して泰子を揺するが、なかなか起きる気配がない。
もう一度揺すると、そのまま中也にしがみついてまた寝息をたてはじめた。
「こりゃ駄目だな」
お姫様抱っこなどという可愛らしい抱き方ではなく、肩に担ぐような抱き方で中也は泰子をアジト内まで運んだ。
その間も彼女は中也を掴んだままだった。
「よく寝た気がする...」
「爆睡だったぞ」
「嗚呼、運んでくれたの。有難う」
ふう、と一息つくと泰子は自身のパソコンを起動させた。
「今日中に終わるかな」
「あんまり根詰めんなよ」
「なに?今日はやけに優しいじゃない」
「あ?気の所為だろ」
照れ隠しのように中也は煙草に火を点けようとするが、ジッポはオイルが切れているのか中々火が点かない。
「はい」
差し出されたジッポで火を点けるが、それでは照れ隠しにならない。
「ねぇ、火頂戴」
中也の返事も待たずに、泰子は火の点いていない煙草を咥えると、中也の煙草の方へ顔を近付ける。
反射的に中也は煙草を吸い込み、泰子もそれに合わせて息を吸った。無事煙草に火は点き、二人は同時に煙を吐き出す。
「手前の方こそ今日はどうしたんだよ」
「気の所為じゃない?」
二人分の煙が部屋に広がる中で、彼女はくすりと笑った。
「却説。あの店のパソコンには何が隠されているのかな」
シンと静かな部屋にカタカタというキーボードを押下する音と、カチカチとマウスを押下する音が響く中、泰子がおっと声を上げた。
「中りだよ中也。矢張りあの店の何者かが例の薬の売買を斡旋している」
「マジか」
「嗚呼。記録を消していた様だけど復元したら沢山出てきた」
「どうする?」
「そうだねぇ。これを逆手に取って炙り出そうか」
泰子はにやりと笑うと、再びパソコンを操作する。
窓の外は既に日が暮れて真っ暗になっていた。