第6章 年の瀬、花屋の二階で
長い間の後、改めてマジマジと目を向けて来たシノに牡蠣殻が一歩引く。シノは隠しから手を出して腕を組んだ。
「大丈夫だ」
「はい?」
「きっと良くな…」
「まだ言うか!」
「うぅ…ッ」
ヒナタにスパンと側頭部を叩かれたシノが傾いで踏み止まる。
「…何故叩く。叩かれると痛いものだぞ、ヒナタ」
「痛かった?ごめんね。何だかわからないんだけど、手が勝手に動いちゃって…。止められなかったの。…ホントにごめんね?」
ヒナタがおろおろと申し訳なさそうに謝る。シノは頭を振って考え込んだ。
「誰にでも間違いはあるものだが今のは間違いだったか?確信に満ちた痛みを感じたものだが気のせいだろうか…」
「そらその気で殴りゃ痛いに決まってんだろ。ヒナタはオメーにもう黙れって言ってんだよ」
頭の後ろで手を組んだキバが快活に言う。ヒナタが耳を赤くして俯いた。
「そんなこと…違うのよ。ただ私、ちょっとシノに黙って欲しくて…」
「何にも違わねぇじゃねえか」
「…そうね…。全く何にも違わないみたい…」
呆れ顔のキバに言われてヒナタはますます深く俯いてもじもじしてしまう。見兼ねたシノが身から出た錆を拭って助け船を出した。
「もういい。わかった。非を認めて口を慎もう。…それにしても牡蠣殻。"顔色"が悪い。具合が悪いなら出歩くべきではない。通りで倒れでもしたら迷惑になるものだ」
「そろそろ戻ろうと思っていたところです。雪になりそうですしね」
牡蠣殻に目を向けられた伊草は、賑わう市の方向から物欲しげな顔を引き剥がして頷いた。
「坊の昼寝も終わる時分だよっての、もし。帰らにゃならぬわな」
「一平なら波平さんが薬事場に連れてってたぜ。磯の子と遊ばせてやるってよ」
キバの言葉に牡蠣殻と伊草は顔を見合わせた。
「波平様がお越しですか」
「波平様ぁ?牡蠣殻オメー、手前の旦那を様呼ばわりしてんのか?」
「いやいや、キバ殿。まあ磯辺は波平殿の下で働いておったからの。未だにその頃の癖が抜けぬのよ。の。磯辺?」
伊草が口を開き掛けた牡蠣殻を遮って、言い訳する。牡蠣殻に話させては巡り巡って何を言い出すかわかったものではない。伊草に強く突かれた脇を押さえて牡蠣殻は眉を顰めた。
「そうですね。私は長らく波平様の輩下にありましたからね。今更別の呼び方など出来ませんよ」