第2章 砂
一平の手をそっと外してトンビの前を合わせ、波平は身震いして目を眇めた。
「砂影がどの様な裁量を下そうと私は口出しする気はありません。海士仁は既に磯を抜けた身、私の手の及ばない立場にある」
「冷てェな。牡蠣殻だって立場は一緒じゃん」
カンクロウが片眉を上げて波平を見る。波平はそれを真っ向から受け止めて、笑った。ー笑った。
チヨバアとエビゾウが顔を見合わせる。以前より表情豊かになったとはいえ、波平は相変わらず容易には笑わない。それが、この場面で笑うのはどういう事なのか。
波平は隠居の戸惑いに横目を流し、いつもの茫洋とした表情を浮かべた。
「簡単に言いなさるな。海士仁と磯辺は違う」
「そら全く同じとは言わねえよ。けど磯を抜けてビンゴブックに載ってるのは一緒だよな」
「言葉で括ればそうもありましょうが、実際二人が立場を同じくしていないのはわかっておられましょう?」
「アンタ怒ると言葉遣いが丁寧になるんだな」
「丁寧に話すのは磯人の常ですよ」
「そうじゃねぇのもいんじゃん、思いっきり。うちの弟を狙ってるスゲーのが。でもまあわかった。それはもういい。けどアンタが何かしてやれる立場にないってのは、牡蠣殻も荒浜も同じじゃん?牡蠣殻が磯に戻るってのは磯人になるって事か?牡蠣殻がそう言ったか?」
「言いませんよ。磯辺は自分からそんな事を言いはしないでしょう。あれは頑固ですから、一度抜けた里に戻るなんて真似はよくせきの事情がなければしますまい」
「抜けた理由も理由だしな。アイツの血は相変わらずの質だろ?磯を抜けた元は解決してねぇ訳じゃん」
「解決する問題ではないから磯を出たのですよ。力のない小里に迷惑をかけまいと思ったのでしょう。散開の時、磯辺は音に狙われていた」
「今は?」
カンクロウの問いに波平は目を眇めた。
「さあ。残念ながら磯は長らく閉じて来たせいで未だ他里の情報に明るくない。長老連が居てくれればまた話は別でしたろうが」
「出てっちまったモンはしょうがねェじゃん。自分らで何とかしろよ、自分らで」
「腰の軽い野師が散開の際多く四散しましたからね。功者も今は私だけ、自分らで何とかしようにも手足が足りない」
「それもあって牡蠣殻か」
「矛盾しているとお思いでしょう」
「矛盾ってか…本末転倒してんじゃん?」