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12色のアイ

第10章 赤いチューリップ


急に胸が苦しくなった。
漫画に出てくるような胸の苦しさとかではなくて、吐き気を催している、という意味の胸の苦しさだ。
「龍、楽、ちょっとトイレに行ってくるから何かあったら呼んで」
「え!?わ、分かった……大丈夫か?」
「たぶん」
「おら、さっさと行ってこい。休憩あと5分だぞ」
「言われなくても」
ボクは急いで楽屋を出て、トイレに駆け込んだ。

個室に入ろうと思っていたけど、どうやら間に合いそうに無い。
「ぅ……気持ち悪い……」
トイレの洗面台に駆け寄り、前かがみになって吐いた。
「うぅ……あ、れ……?」
ボクは今、確かに吐いた。
でも、何かが違う。
顔を上げて鏡を見ると、ボクの口から赤いものがのぞいていた。
一瞬吐血したのかと思ったけど、それも違う。
「は…な…びら……?」
ボクの口からのぞくものと手に乗っているものは、花びらだった。
「赤い、花びら……どうして……?」
理解できない。
人間が花びらを吐くことが可能なのか?
でも、こうして吐いている。
ボクの頭は混乱した。混乱せざるを得なかった。
少なくとも、楽と龍が入ってくるのに気づかないくらいには。
「天、大丈夫……って、それ!どうしたの!?」
「おまっ……血か!?」
2人はボクの口と手を交互に見て焦っている。
「ちょ、違うから。血では無い」
「え!?じゃ、その赤は……」
「………花びら」
2人の目がこれでもかと開く。
まぁ、驚かない訳無いよね。
「ボクもよく分からないんだけど……」
「………は………」
「え?」
楽がボソリと何か呟く。
それは余りにも小さくて聞き取れなかった。
「花吐き病って聞いたことあるか?」
「聞いたことないけど……」
「俺もチラっと耳に挟んだだけだが、確か、花を吐く病気だったと思う……」
「え……それって……」
今のボクの状態。
何となく声に出すのが憚られて、それをゴクリと飲み込んだ。
「あっ!これじゃない?花吐き病」
龍がスマホの画面をボクらに見せる。
「片想いを拗らせて花を吐く……」
片想い、という文字が異様に強調されて見える。
「天……おまえ片想いしてんのか……?」
2人が好奇心と不安の混じった視線を向ける。
ボクは「………その話は後だよ……時間が迫ってる」と言って逃げることしかできなかった。
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