第1章 家での日常【七瀬遙】
心地よく陽の注ぐ昼間。
秋も中旬を過ぎて、最近は夜も寒いぐらいに冷え込む季節。
そういう寒い時こそ、人肌が一段と恋しくなる。
だから、大好きな彼の元へ今日も出掛けてみたら…
空「お邪魔しまーす…」
一見古く見えるけれど手入れの行き届いている木造の家の引き戸を開けると、念の為にいつもする挨拶。合鍵は付き合い始めた頃に貰っていたので、いつでもすんなり入ることが出来る。
玄関で靴を脱いで居間へ行くと、誰もいなかった。
大抵この場合は、彼は風呂場で«水»を感じている筈だ。
空「寒いだろうになぁ…よくやるよ」
呆れの溜息混じりに小さく呟く。荷物を置いて少し鯖料理の匂いが残る座卓の元に腰を下ろす。
彼はいつも鯖ばかり食べる。何故か聞いたことはないけれど…なんとなく、聞いても大した応えは返ってこない気がする。
やることも無く座卓に突っ伏していると、トントンとこちらに向かってくる足音がした。
音のする方に顔を向けると、障子が開いた。
遙「空……来てたのか」
まぁ、風呂上がり(多分水だけど)の後なんだから当然と言ったら当然なのだが…
空「うん、お邪魔してまーす。あと、寒くないの?その格好」
上半身裸で下には水着。首にタオルを巻いている姿は、此処が家でなければ完璧な『プール上がり』の姿だったろう。
しかし、こんな季節に開いているプールなどあるわけでも無く…
遙「別に…いつもの事だから、慣れた」
果たして慣れていいのだろうか…
空「慣れちゃダメでしょ慣れちゃ…この季節は寒いんだから、風邪引きやすくなるでしょ?ほら、こっち来て。頭拭いてあげる」
相変わらずの態度に内心で溜め息を吐きながら手招きすると、案外大人しくすぐにこちらに来てくれた。
彼が目の前に座ると首元に巻かれているタオルを取って彼と頭の水気を拭いてやる。
空「うわ、冷たいじゃん…本当に風邪引いちゃっても知らないんだからね。…まぁ、看病ぐらいならしてもいいけどさ」
思いの外冷めている髪を今度は乱暴にぐしゃぐしゃと拭いてやると、彼が小さく『ぐっ…』と呻く声がした。