第10章 まばたき●
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リビングのドアを開けると、エプロンを着けた佐久間さんがキッチンから顔を出した。
「あれ?早かったね。」
夕食の支度をしていたのだろうか。
部屋の中には甘いトマトソースの匂いが漂っている。
「電話してくれれば迎えに行ったのに。」
そう笑う佐久間さんの顔を見ていると胸が痛くなった。
卑屈な私の心さえも包み込んでくれるような優しい笑顔。
突然強い衝動にかられ、私は佐久間さんへと抱きついた。
どうしてだろうか。
佐久間さんにきつくきつく抱き締めて欲しかった。
大きな腕に包まれながら、温かい佐久間さんの胸へと顔を埋める。
甘くスパイシーな香り。
そっと顔を上げると、佐久間さんは不思議そうに首をかしげていた。
「どうしたの?」
そう聞かれても…私にだって分からない。
ただ、今はどうしようもないくらい佐久間さんを求めている。
こんなにも大胆になれたのは初めてだ。
いつも受け身であった私の恋。
そんな私の恋は今、自分でもどうしようもないほどの欲情へと変わっていた。