愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第7章 掌中之珠
顔を見ることのできない、声を聞くことの叶わない‥そんな中で、智と通じ合えたことが嬉しくて夢中になって壁を叩いていると、唐突に自分の背後から重たい木扉を叩く音がした。
あ‥まずい、和也だ!
「ちょっと待って!着替えてるから!」
おれは木扉に向かって返事をすると、最後にゆっくりと三回白い壁を叩く。
すると少し間をおいて、こん、こん、こん‥と音がすると、元の静かな部屋に戻った。
もう‥大丈夫かな。
またね‥智。
そうして急いで壁際を離れると、乱暴に詰襟の釦を外しながら箪笥の引き出しを開けて、新しいシャツを取り出す。
慌てて途中まで着替えたおれは、木扉のほうへ
「入っていいよ!」
と外で待っている和也を促した。
「失礼します。すいません、坊ちゃん、来るのが早過ぎましたか?」
少し開いた扉の陰から、おずおずと色白の顔を覗かせた和也が、申し訳無さそうな声を出す。
「ううん、大丈夫。おれが着替えもせずに、ぼんやりしてただけだから、さ、入って?」
静かになった部屋の中に、大事そうに本を抱えた和也を呼んだ。
「はい、では‥」
彼はそっと扉を閉めると、はにかむように笑って、ちょんとおれの隣に座る。
この頃になって、ようやく同じ長椅子に座ることに慣れてくれた和也。
その可愛らしい仕草が、まるで弟のようにも感じて嬉しくもあった。
隣に座った彼が、胸に抱いていた本を膝の上に置くと、それに向かって少し微笑む。
余程、大切なんだな‥
「その本、また持ってこさせてごめんね。和也が大切なのは知ってるんだけど、面白かったから‥。」
おれは、思わず微笑み掛けるほどのそれを借りることは出来なくて‥でも、もう一度読んでみたかったから、頼んで持ってきて貰った。
和也は微笑みもそのままに、その本から視線を上げると
「いいんです。一人で読むのも楽しいですが、坊ちゃんと一緒だと倍楽しくなりますんで。」
そう言って、薄い茶色の瞳をくりっと輝かせた。
「ありがとう。そう言って貰えると、気が楽になるよ。」
にしても‥本に恋をしてるみたいに微笑みかけるって、なんだか不思議だなぁと思いながら、頁を開いていく横顔をちらりと盗み見る。
その横顔は幸せを噛みしめているようにも見えて‥。