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【跡部】All′s fair in Love&War

第37章 (閑話)戦いを挑むその前に




その日の夕食のあと、私はパンフレットを両親に見せた。


「へぇ、いいじゃないか。千花が本当に行きたいなら」
「えぇ、でももう少し、通う学校の事や街について調べてみなさい。それでも本当に行きたいなら、父さんも母さんも応援するわ」


二人共、いつも通りの、想像通りの反応だ。やっぱりな、と思いながら、有難う、と笑って食卓を後にした。街や学校の事なんて、とっくに調べている。向こうに行ったら、古き良き街並みに建つ、留学生を多く受け入れている現地校に通うことになる。治安が良く、外国人でも住みやすい所だと言う。


どう考えても、行きたい。行った方がいいに決まってる。行って損することなんて、何も無い。なのに、どうして考え込んでしまうんだろう。榊監督の言葉の意味が、自分の事ながら、分からなかった。

答えが分かっているのに過程が説明出来ない、まるで苦手な数学の証明問題みたい。こんな時跡部ならなんて言うだろう、なんて考えて――怖くて、やはり考えるのを止めた。

行くな、と言われたらすぐにやめてしまいそうな自分が怖い。でも、行けばいい、と言われたら――きっと、私は泣いてしまうだろう。





それからあっという間に時はすぎ、気付けば終業式も終わり。式のスピーチは相変わらず熱狂的な盛り上がりを見せた。運動系の部活の壮行会も兼ねていたから、まるで跡部の為のような式典だった――そんな事を考えながら、私は音楽教諭室の扉を二回ノックする。

名乗る前に、入りたまえ、と声をかけられ。扉を開けると、待ち受けていた様子の榊監督が立ち上がった。持ってきた申込書を、手渡す。


「宜しく、お願いします」
「分かった。やるからには、不合格などあってはならない。心して臨みたまえ――夏季大会も近いのだから、テニス部の活動の方も抜かりなく、全力を尽くすように」
「勿論です」
「最後に問うが…本当に、いいのか」


私が固く頷くと榊監督はいつも通り、いってよし、と送り出してくれた。扉を閉めながら、監督にはこの心の内も見抜かれていたのだろうか、なんて考える。この期に及んでまだ迷っている事を、半ばヤケクソで申込書を提出した事を。

華々しい場所の中心に立つ跡部を真っ直ぐ見れなかったのは、こんな自分の弱さのせいだと分かっていて。少しでも誇れる自分になりたくて、やっぱり留学しよう、と思ったことを。


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