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【跡部】All′s fair in Love&War

第37章 (閑話)戦いを挑むその前に




音楽教諭室の扉をコンコン、と二回、リズミカルにノックして。松元 千花です、と名乗ると、入りたまえ、といつもの低音ヴォイスで返された。何度やり取りしてもこの瞬間はいつも緊張するな、と思いながら扉を開けると、重厚な革張りの椅子がくるり、と回転してこちらを向いた。


「監督、跡部君からの依頼で書類を受け取りに来ました」
「ご苦労だったな、これを頼む」
「…それと、別件なんですが。留学奨学制度の貼り紙を拝見しまして、お話を聞きたいのですが」


何故か声を潜めた私と、何故か怪訝な顔をした監督は、しばし目をあわせたまま動けなかった。そして漸く、何かから解放されたかのように、監督が指し示してくれて応接セットの椅子に向かい合わせに腰掛ける。


「留学したいのか」
「はい、貼り紙を見て興味が湧きまして」
「…松元が英語を頑張っているのは、担当教員からもよく耳にする」
「わ、ほんとですか…!」


担当のエリック先生、厳しいけど評価してくれてたんだ、なんて少し嬉しくなる。しかし監督は何かを考え込むような、微妙な表情を浮かべたままだ。


「君のやりたい事は、君が決めるべきだ。そしてそれを応援するため、こう言った制度がある」
「はい」
「それを踏まえて、敢えていうが…君は、氷帝にいた方が…正しくはテニス部で活動していた方が、君の、引いては周りの為になるんじゃないかと私は思っていたんだが、どう思う」


思いもよらない言葉に面食らう。なんて返そう、と考えている内に、思考から離れた遠くで予鈴が鳴り響く。


「…少し、考えてみなさい。あとは、このパンフレットを持って帰って、親御さんにも相談したまえ。もし君が行きたいと心を決めるなら、私は応援すると約束する」


行ってよし、といつもの掛け声で音楽教諭室を後にする。何故監督は、あんな風に言ったんだろう。何故私は、行きたい、とすぐに返せなかったんだろう。


――何の進歩もない私がテニス部にいて、どうして皆の為になるのだろう。


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