ヤンデレヴィクトル氏による幸せ身代わり計画【完結済】
第3章 少し関係の進んだ身代わりの話
ロシアに夏が来た。
毎日夏の日差しに照らされて、嬉しくなる。
桜はロシアの夏が好きだった。
日本と違って蒸し暑くないので過ごしやすい。
さらに学校も先日、6月から8月までの長期夏休みに入ったので、これから精一杯この短い夏を楽しもうと、朝から散歩に出かけていた。
木々の緑に心を弾ませて、あてもなく歩いていると、後ろから声を掛けられる。
歩みを止めて振り返れば見知った姿の男がこちらへ走ってきた。
「サクラじゃないか、こんなところで会うなんて奇遇だね」
「あ、ニキフォロフさんおはよう、ほんと奇遇だね」
声の主はヴィクトル・ニキフォロフその人で、おそらくロードワークの最中だったのか、彼はジャージ姿だった。
「あれ?サクラって俺の事ファミリーネームで呼んでたっけ?」
「え?うん、普段はファミリーネームだったよ?」
「そう言えば名前で呼んでもらった記憶が無いな、いつもヴィーチャって呼ばれてたからファミリーネームで呼ばれると違和感が凄い…」
「違和感って言われても…私はずっとニキフォロフさんって呼んでたし、あと、ヴィーチャって呼んでるのは私じゃなくて、あなたの愛する人でしょ?」
「ああ、そうだったね、確かに俺を愛称で呼んでたのは君じゃなかった。でもサクラには今度からはファミリーネームじゃなくて、ヴィクトルって呼んでほしいなぁ」
ずい、と顔を近づけて少し小首を傾げるヴィクトルに、桜は思わず無意識に背を反らせて距離を取った。
「なんで逃げる?」
「いや、綺麗な顔が近くに来たからつい?」
「ははは、なんだいそれ、普通逆だろ?」
心底楽しそうに笑いながらヴィクトルが笑うので、桜もそれに合わせて笑ってみたが、出てきたのは乾いた笑いで、誤魔化すように話を続けた。
「あ、あはは、そうかな?えーっと、じゃあヴィクトルって呼ばさせてもらうね、ところでヴィクトルは今ロードワーク中だよね?これから練習に行くの?」
「うん、あ、良ければサクラも来る?」
「うんん、遠慮しとく、じゃあ私あっちに行くから、またね」
お誘いは嬉しかったが、もし彼のリンクメイトに存在を気付かれ、万が一関係を聞かれたり、まして勝生選手に誤解されたらと思うとそれは手放しで喜べる話ではなく、桜はそれに乗らなかった。