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いとし、いとし【短編集】

第32章 apple!apple!【krk 大坪泰介】


最寄りの駅で彼と別れて学校へ向かう。

改札口を抜けた向こうには「行ってらっしゃい」と手を振る私の完璧な彼氏。

私も手を振り返して、彼がホームに向かうのを確認して、ため息をついた。



「はぁぁー」


「幸せ逃げるぞ」


上から降ってきた言葉に顔を上げる。

そこにいたのは、同じクラスの無駄にデカイ男。


「大坪…。おはよう。今日、朝練無いんだね」

「あぁ。にしても、早瀬。随分と甘ったるい匂いだな。香水か?」

「あぁ。うん…」


しかめた顔で問いかける大坪に釣られて私も顔をしかめる。


「誕生日でもらったんだけどね。あんまり好みじゃなくて…。でも毎朝会うのにつけないわけにもいかないでしょ?」


カバンからタオルを取り出してごしごしと首元を拭いた。


「そんな、気を使わなきゃいけない相手ってのはどうなんだ?俺は誰かと付き合った事はないからわからんが、もっと気を許し合えるものなんじゃないのか?」


不思議そうに彼は首を傾げる。


「うん。そうだよね…。そうあるべきだよね。わかってる…。なんか疲れちゃった…」

私がそう言うと、大坪はガサゴソと鞄をあさり出した。

「ほら」

と、差し出されたのは大きな身体に似つかわしくない可愛らしい袋。


差し出されたものを受け取り、袋の口を開くとふんわりとリンゴとシナモンの香りが広がった。


「アップルパイ?美味しそう…」


「だろ?妹が作ってくれたんだ」


ちょっと自慢げに話す大坪がなんだか可愛いらしい。

「疲れた時に甘い物はいいぞ。だが、俺向けだからちょっと砂糖は控えめだけどな」


そう言われて、もう一度、袋の中身の匂いを嗅いだ。


確かに市販されているものよりもリンゴの香りが強い。

爽やかな、フルーティーな香りがする。

この香りは好き。



「私もこっちのほうがいいな」

「そうか?ならよかった」

「うん。ありがとう」


甘ったるい香りが染み付いた先程のタオルをカバンに無造作に詰め込んで、

大坪がくれたアップルパイをぎゅっと胸に抱き込んだ。
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