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いとし、いとし【短編集】

第23章 はじまりは苦味【hq 烏養繋心】


「なぁ、早瀬」


またも、沈黙を破ったのは烏養くんだ。


「結婚とか…したか?恋人とか…?」


前を向いたまま、彼が私に問いかける。



「結婚はしてないし、恋人も全然だよ。大学時代に初めてお付き合いした人に二股かけられて振られてさ…もう、それきり恋愛事とはご無沙汰、かな?」



「それがきっかけで愛だの何だのには興味なしって事か?」


「そうじゃないけど…」


「そうか。ならいい…」



そう呟きが聞こえた瞬間、
私の手は大きな手のひらに包まれた。


驚きに一瞬、身体が跳ねるも、
振りほどくという思考には至らず、
自分の手のひらを返して、彼の手を握り返す。

握り返された事に驚いたのか、烏養くんの手に一瞬、ピクリと力が入り、

なんだかそれが可笑しくて、お互いにクスリと笑みを溢した。

「ガキかよ…」

と、呟く彼。




青春時代から歳を重ねた私達は

『付き合って下さい』
『よろしくお願いします』

なんていう、甘酸っぱいやりとりは無いけれど…




「結依…」


初めて、烏養くんから呼ばれた名は耳が溶けてしまいそうな位に甘くて、

赤信号で落とされた口付けは、
ほんのりとタバコの味がした。
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