第1章 愛妻弁当
会社の行き帰りでたまに思う。
例えば、街角で見かけた花屋のきれいな花束や
例えば、店先の美味しそうなケーキや
例えば、雑貨屋の桜色のマグカップを
突然、前触れもなく買ってプレゼントしてみたら。
どうしてそんなもの買ってきてなどど、怒られるのか。案外そっけない態度をとられるのか。はたまた、結構素直に喜んでくれるのか。
色々考えてはみるけれど、
実際に試したことはなかった。
それは、そんな自分が気恥ずかしいのがひとつと、あんまり喜んでくれなかったら、どうしようという不安がひとつ。それが、絶えず心の底にあるから。
いつも仕事中や運転中にふと思う。
本当は、いつも大切に思っているし、
誰よりも心から愛しているし、
君の身にふりかかる悪いこと全て、
自分が代わりたいと思っている。
冗談?とか熱があるの?とか
わかった。浮気したでしょ。とか。
散々に言われる確立が70%くらい。
残り、30%は照れるのか、泣くのか、未知数だから。
やっぱり、結局、恥ずかしさが先だって、
言葉にして伝えたことはなかった。
そんな、思いを密かに持っていることを
君は知らないだろう。
ついこの間、昼時、社員食堂のカツ丼をかきこみながら、隣の同僚の話に耳を傾けたときも。
(昨日思い付きでケーキを買って帰ったら、嫁がかなり喜んでくれた)
という話を聞いた。そんなふうに、自然体に自分が気恥ずかしいと思っていることをできる同僚が羨ましかった。
はたまた、もうひとりの同僚は、いつも奥さんと愛しているを言い合って、おやすみのキスをしているらしい。やっぱり、それも羨ましかった。
結婚して、もう10年が経った。
君は35で、僕は40。
今では、キスなんて、半年に1回あるかないか。
本当はいつも手をつないでいたいし、
キスだってしていたいし、たまには、身体も重ねたい。
だけれど、君を考えると一歩が踏み出せずにいる。
プロポーズだって、君にあんなに急かされてできたくらいだから、あの頃から、結局、自分自身は何も変わっていない。
このうじうじした性格とか、
考えこんでしまうところとか、
君は、しょうもないことでまた悩んで、
って怒るだろうか。