第18章 甘夏の謌【幸村】
「やっと帰って来られましたね。」
佐助は呟くように言った。
一般の武士たちにはいつもと変わらぬ無表情に見えていたが、謙信、信玄、幸村は、佐助がホッとしていることに気付いていた。
謙信・信玄・幸村・佐助が率いる軍は、夕刻にようやく、春日城が見えるところまで戻ってきたのだった。
馬を進めながら、誰しもが、いつもと変わらぬ春日城の見える景色に心を和ませた。
「早く天女に会いに行かないとなぁ。」
嬉しそうに言う信玄に
「あ?なんであんたが会いに行くんだよ?」
幸村は、思いっきり嫌そうな顔をしながら言った。
「愛らしい天女のことだ。絶対俺たちのことを心配して胸を痛めているだろう?少しでも早く安心させてやらねばならぬだろう?」
その辺の女なら容易に陥落するであろう笑顔の信玄に、なんだか美蘭を取られてしまうような焦りを感じた幸村は、ムキになって更に信玄に噛み付こうとしたが
「何が『俺たち』だよ!あいつは…」
佐助にその腰を折られた。
「信玄様の言う通りだ。」
「…?!佐助…テメ…ッ!」
この手の話題では、たいてい幸村に味方してくれる佐助に信玄の味方をされ、キレそうになる幸村に
「あの馬鹿正直な女は融通が効かなそうだからな。戦に出ている我らよりも疲弊しているやも知れん。」
謙信が更に追い討ちをかけた。
「け…謙信様まで…っ!」
「でも幸村。美蘭さんは、そういう娘だろ。」
「…っ。」
佐助のその言葉に、
幸村は言い返す言葉がなかった。
(…んなこと…この俺が1番わかってる…ってんだ!)
大名の問題が片付いた瞬間、
幸村は、
早く春日山に帰りたいと、思った。
早く美蘭に会いたいと、思った。
誰かに会いたいから、早く帰りたい…などと帰り道を急いだのは初めてであった。
「今宵は酒を飲むぞ!」
謙信が発した、誰の意見も聞いていない、半ば命令の様な一言に、
ニヤリと笑った信玄。
「残念だが…これは朝まで部屋に戻れそうもないな?幸?」
「は?冗談じゃねー。」
思わず口をついた幸村の一言を耳にした謙信は、
「俺はいつも真剣だ。冗談など申さぬ。祝杯だ。必ず来い。」
念を押すように言った。
「……はい。」
幸村は、深い深いため息をついた。