第11章 恋知りの謌【謙信】湯治編〜露天風呂 後編〜
(謙信様も…椿さんも気づいていないだけだ。)
美蘭は、妙に冷静な頭でそう思った。
謙信の気持ちや言葉には嘘はない。
それは、わかる。
だけど椿の気持ちは…
(本人もまだ気づいていないかも知れないけれど…たぶん…謙信様を好きだと思ってる。)
だが美蘭には、
それを言葉にする勇気はなかった。
(…わたしは…狡い…。でもこのまま2人には気づかないでいて欲しい…。)
謙信を想うが故の自分の狡さに顔をしかめた美蘭を見た謙信は、その表状が自分に向けられたものだと勘違いして
美蘭が自分から離れて行ってしまうのではないかという不安に駆られ、美蘭の頬に手を伸ばした。
「…謙信、様…?」
「お前が不安に揺れるなら、何度でも必ず俺がそれを収めてみせる。お前が俺を悪夢から解き放ってくれたように。」
「…!」
美蘭はすぐに、
伊勢姫の悪夢にうなされていた夜の話だとわかった。
「どちらが何に揺れ動いても…互いにそれを収めて行けぬだろうか?」
謙信の、
覚悟の滲んだ視線に、
不安に揺れる視線に、
愛しさや
安堵や
甘えたい気持ち…
様々なものが一度に湧き上がり
それは
涙となって溢れ出した。
「…じゃあ今は…」
美蘭は、
痛む頭で、ゆっくりと起き上がって言った。
「この気持ちを収めて下さい…。」
そして
目の前にひざまづいている謙信の首に、
自分から抱きついた。
「…っ!」
細い腕が震えているのは、
自分を愛するが故の不安から。
謙信の胸の中にも、
美蘭への愛しさが激流のように流れ込んで来た。
「…っ。」
謙信は、
溢れる愛しさを表わす言葉が見つけられず、
ただ、
ただ強く、
愛しい美蘭を抱き締めた。
恋知りの謌【謙信】番外編
〜露天風呂 後編 〜
完
→番外編 〜おしおき〜 へ続く。