第2章 ー月ー
程なくして、照が朝の膳を手に、蔵の錠を開けた。
潤は照が扉の向こうへ消えるのを、長持ちの隙間に身を潜めて待ち、扉が閉ざされた瞬間、蔵の外へと駆け出した。
蔵から自室まで一目散に駆け戻ると、着ていた服を脱ぎ捨て、継ぎ接ぎだらけの寝巻に着替えた。
撫で付けた髪は、両手で乱暴に掻き乱した。
照が寝起きの悪い潤を起こしに来るのは、毎朝の日課になっている。
だから寝た振りさえしておけば、怪しまれることはないだろう、潤はそう思って頭から布団を被った。
一睡もしていないというのに、一向に眠気が湧いて来る気配のない目を閉じると、蔵での智との会話が呼び起された。
智の名は、大野智。
大野家の主人の実の息子であり、翔とは双子の兄弟。
智はその異様とも言える姿と、古来よりの言い伝えで、双子を忌み嫌う風習があったため、生まれてすぐに蔵へと幽閉された。
智が閉じ込められている蔵は、言わば座敷牢なのだ。
悲しいことに、智の存在は、大野家ではとうに死んだものとして扱われていたのだ。
だから、智の存在を知る者は少なく、今では大野家の主人と、照…そして双子の兄弟である翔だけなのだ。
智にとって、あの薄暗い蔵だけが世界の全てだった。