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【YOI・男主】愚者の贈り物

第8章 第4日目・女子FS開催中


目的のリンクに到着した2人は、予め連絡をしていたのでスムーズに入場する事が出来た。
営業時間外で人気のない早朝とはいえ、万一の混乱を避ける為に従業員通用口から入ると、手早く支度を始める。
「純さんお久しぶりっス。昨日のフリー観ましたよ…って、ホンマに勝生勇利や!」
「せやから連れてくる言うたやろ。一応、お忍びやから静かにしてくれ。ええか、明日の夜まで僕らのする事は他言無用やで。もしも、破ったら…」
「判ってますって。純さんがその気になったら、下手すりゃ京都の街歩かれへんようになるからなあ。その代わり、後でサイン貰うてもええですか?」
「ああ、勇利がナンボでも書いたるわ」
「えぇ!?」

スタッフとの一方的な口約束におののく勇利だったが、「時間限られとるから手早く行こか」と純に促され、軽く柔軟を済ませてからリンクに立った。
「…さて。勇利はどんな風に『SAYURI』を滑りたい思うてる?」
「えっと…」
「僕は、戦前から激動の時代を生き抜いた芸者の、凛とした強かさを演じとった。当時は、特に女性の就職先なんて限られたモンばっかやったしな。そんな中生き抜く為には、強うならんとあかんやろ?」
ウォーミングでリンクを周回しながら話を続ける純のスケーティングは、本当に滑らかでよく伸びている。
確かに『SAYURI』を演じる氷上の純は、美しくも己の境遇を受け入れ生き抜く覚悟を持った芸者のそれであった。
純の後に続いて滑り出した勇利は、昨夜貰った音源と、投稿動画サイトから見つけた純の過去の『SAYURI』を思い出しながら、僅かな時間ながらも自分の中で仄かに閃いた、彼とは異なる解釈を告げた。
「僕は…いつも凛然としてはいるけど、ふとした時に彼女の見せる危うさや脆さも出したいと思ってる」
「脆さ?」
「うん。どんなに強くても、四六時中そんな状態でいられる訳ない。例えば独りでいる時や…好きな人といる時とか」
「好きな人?芸者やのに?」
「そう。その人の前でも気丈に振る舞おうとするんだけど、どうしても隠し切れない素の自分が、時々現れるんだ」
「──判った。その線で、やってみよか」
勇利の出した見解に、純は面白そうな顔をした。
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