第12章 忍びの庭 後編
「信長様、愛です。失礼いたします」
その日の午後、愛は天守の信長を訪れていた。
『どうした。最近は全く貴様の顔を見ていなかったな』
書簡に目を通していた信長は、顔を上げて愛を見る。
「皆様の晴れ着が仕上がりましたので、ご報告にあがりました」
『ほう。しっかり間に合ったな。出来はどうだ』
信長は口元を緩ませて愛に訊く。
「はい。自分なりには精一杯作らせて貰いました。
ですが、最後に細かい部分、裄丈などを確認をさせて頂きたいので、
軍議の後でも結構ですから、皆様お揃いの時に一度着て頂きたいのです」
寸法の確認をしたい…それは口実であり、
しっかり採寸をして仕上げていた。
ただ、やはり自分の仕上げた着物を着る面々を自分の目で見たいというのが本音だ。
できれば、全員揃ったところを…。
真剣な面持ちで話をする愛に、信長も真剣に向き合う。
『良いだろう。貴様の職人としての拘りであろう。
夕刻、広間に持ってくるがよい。皆には伝えておく』
愛は、ホッとしたように顔を緩めると、
「ありがとうございます」
と、深々と頭を下げた。
愛が天守を出て行くと、入れ替わりで秀吉が信長の元へやってくる。
「愛はどうしたのですか?」
信長が今しがたの話をすれば、秀吉は感心したように
「あいつは本当に真面目に仕事をしていました。夕刻が楽しみですね」
と、自分のことのように喜んでいた。
『ところで、あれはもう用意してあるのか、秀吉』
信長が、まるで、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「はい。今しがた届いたところでしたので、その報告に上がった次第です」
『そうか。では、それをあやつがやってくる時に渡してやれ』
「今日渡してしまわれるのですか?」
『俺たちが着させられるなら、ちょうどいいだろう。用意しろ』
「はっ。畏まりました」
そう言う秀吉も、どこか楽しそうに返事をしていた。