第2章 夏の話
私の練習を見たいだなんて一体なんの冗談?
勇利ってばなんで連れてきちゃうかな…
恥ずかしいから帰ってほしいと言った所でどうせ「恥ずかしがってちゃコンクールでいい演技出来ないから観客だと思って慣れなさい」とかなんとか言われるのは目に見えてる。
そのうち飽きて出ていくだろうし、気にする事はない。
そう考えて練習を続けていたのだけれど、結局勇利もヴィクトルも私のレッスンが終わるまで教室から出ていくことはなかった。
「エリ、君はとても素晴らしいバレエダンサーだったんだね!」
一つ一つの動きが丁寧で、表現力もずば抜けてる!
彼は口をハートの形にしてステップがよかったとか、ポジションが綺麗だったとか手放しで褒めてくるものだから、なんとも面映ゆかった。
「恵利姉ちゃん凄いでしょ、バレエで何個も金メダル取ってるんだよ」
「Really?ああでも確かに素晴らしかった。エリー、俺とお前の仲だろう?なんで教えてくれなかった?ねぇねぇ、過去のコンクールの映像は残ってる?こんな素敵なダンサー、もっと早く知りたかったよ〜」
ぎゅうぎゅうとハグされて、身体が強ばる。
彼のいう私と彼の仲というものを考えれば、だんだんと気分が悪くなってきた。
私を脅しているくせに。
ただの遊びのくせに。
恋情も愛情もないくせに。
そんな仲のいい友達やまるで彼氏のような発言はしないでよ。
嫌い、この人が嫌い。
でも一番嫌いなのはこの人を本気で嫌いにらなれない自分が嫌いだ。
「ごめん、もう帰るから離して」
強い力で彼の厚い胸板を両手で押せば、案外簡単に腕の拘束は解かれた。
逃げるようにミナコ先生に向けてレヴェランス(レッスンの最初と最後にするお辞儀)を行い、簡単に挨拶を済ませると、ひったくるように自分の荷物をとって、教室を後にした。