第3章 A DEER
慌てて布団から抜け出そうとは暴れた。
「シッ、静かにしろ」
緊迫したその声には動きを止める。
部屋には、もはや雑音であるテレビの音とユニットバスの方から響く僅かな物音が聞こえていた。
しかし布団の中にいるの耳には、青峰の心臓の音がくっきりと響くのみである。
そのリズムは変わらず早いままで、もしかしたら、それは自分の鼓動が反響していたのかもしれない。
「アイツら、まさか…始めやがったな」
「始めた?何を?」
「…本気で言ってんのか?」
大きなため息をついた青峰は、の脇の下を掴むと顔の方に持ち上げる。
布団から飛び出したの目の前に現れた人の顔は、実は綺麗に整っていて、鋭く光るその目と目を合わせることができない。
「選ばせてやるよ」
出会った時からそうだった。
彼は上から目線で物を言う。
「1、お前がアイツらを止めてくる」
ユニットバスからは物音に混じりときどき声が漏れ出していた。
ようやくは「その空間」で起きている事に気が付いた。
「2、俺を置いて帰る…なんてこと、しねぇよな?」
頭の中は真っ白だったけれど、密着した彼の顎の辺りから香るスパイシーで甘い匂いはよく覚えている。
「3、このまま俺と寝る」
が恐る恐る青峰を見つめると意地悪そうに笑っていて、ああ私は捕らえられたのだと、気が付いた。
「鹿に食わせんのはもったいねぇよ、」
彼の低い声は体の芯をぞくりと震わせる。
逞しい腕を無理やりに解いたは急ぎ布団から飛び出すと崩れた浴衣を整え、つまらなそうに欠伸をしている青峰を睨みつけた。
「バカ!」
「俺は気に入ったぜ。お前、おもしれぇな。明日の自由行動、迎えに行くから待ってろ」
「…!?」
後に知ったことですが、あの神社のお守りは縁結びにも大変ご利益があるそうです。
まるで仔鹿を狙うように鋭く光るその目に捕えられた私は、彼のハントから逃げ切ることができるのでしょうか。
END