第1章 開演の合図は音も無く
──午前7時。
高校生になったばかりの俺は、まだ数ヵ月しか経っていない真新しい制服のシャツに、重い気持ちで腕を通す。
まだ、襟も袖口も硬く、やはり着心地は悪い。
鏡を見れば、目付きの悪い見慣れた顔があるが、それが誰かすら分からないとさえ思う今日の朝。
ニコリと微笑み、〝いつもの顔〟になる。
「カラ松ー。朝メシ出来てるってー!」
「あぁ!今行くぜ、brother!」
決め台詞を言えば、うわイッタい…、なんて声が聞こえる。
いつからか、個性を持ち始めた兄弟。
高校生にもなれば、それは当たり前だ。個性がなければ、周りに人は集まらない。
それが無ければ、生きてはいけない。
…わかっては、いるんだがな。
階段を降りて居間に入れば、先に朝飯を食べている兄弟達が目にうつる。
「あ、おはよー!兄さん!」
焦点があまり合ってないが、いつも明るく笑顔の十四松。
「チョロ松、醤油とってー。」
眠そうだが、俺達の頼れる長男で馬鹿で、最低な部分もあるおそ松。
「ん。」
ちょっと荒れてる所があるが、しっかり者で真面目なチョロ松。
「一松兄さん、それ何!?」
可愛くて少しドライだが、時に優しく頭がまわるトド松。
「猫型ロボット。…生きてないけど。」
少し暗いが、本当は優しくて勉強もできる弟思いな一松。
5人。きりのいい数。
別に兄弟達は俺に冷たくない。寧ろ優しいし、大好きだ。
…でも、何でか。
(あ、今朝の玉子焼きは三つか。昨日は二つだったが。)
「カラ松、食わねーの?」
「あ、否。…いただきます。」
何故か、最近はこの優しさを演技だとさえ思ってしまうのだ。
理由は、これといってない。
ただ、この中で唯一個性を発揮できていない自分に、兄弟達は劣等感を感じているのではと思うのだ。
──思う、だけなのだ。
もぐもぐと甘い玉子焼きを食べながら、チラリとニュースを見る。
〔今朝のニュースです。
昨日の午前4時頃に行方不明になった女の子が遺体で発見されました。
外傷はなく、原因は未だ不明との事です。〕
最近はよく人が死ぬな、なんて、他人事の様にテレビを見る俺は、玉子焼きを飲み込んだ。