第1章 開演の合図は音も無く
ドアを開け放てば、凄まじい風が吹き抜ける。
学校の屋上からは、赤塚区の街並みが良く見渡せる。
分厚い雲の裂け目から溢れる太陽の光が、まるでベールの様に街にかかっていた。
「……綺麗…。」
隣の彼女が、小さくそう呟く。
「だろ?俺達のお気に入りなんだよね~。」
「…まだ、チョロ松達は来ていないな。」
「ま、その内来るって!」
ドアから手を離し、屋上の真ん中へと歩くおそ松。
俺は、何となく気になって、登ってきた階段を見る。
錆と錆が擦れて鈍い音をしながら閉じていくドアの隙間。
その一瞬の間に、黒くドロリとしたモノと目が合う。
「 オ イ デ 」
聞こえぬ声が、目に見えた。
パクパクと口らしきモノを動かしているソレに、俺の脚は竦み上がり、体の筋肉は麻痺をしたかの様に震え出す。
アレと、同じ類だよな?……あれ。
保健室の一件が頭に過る。
そんな、震えが止まらない俺の手を、何かが包む。
柔らかく、生暖かいそれを振り返った俺に、笑って見せる。
「にーさん!ご飯、食べよ?」
いつの間にか来ていた弟達が、既に弁当を広げて俺を待っていた。
向日葵の様な十四松の笑顔に、体の震えが治まる。
「あ、あぁ。そう、だな!」
笑顔を繕って、皆のいる輪に入る。
皆は、見えないのか?アレが。あの、オゾマシイ者が。
笑っている兄弟達に、不信感が湧いた。
本当に兄弟達か?アレの仲間じゃないのか?
──オイデ、なんて、まさか。
不安と恐怖に押し潰されそうな俺の顔は、今朝の仮面をまた被っている。
俺の知らぬ所で、音もなく、だが、確かに這い寄る何かが存在している。
それがもし、兄弟達に見えているのならば。
──いつからだろう?
兄弟達と囲む食卓に、〝俺〟がいなくなってしまったのは。
今、兄弟を信じたいと思う俺にナイフを向ける俺が、
兄弟達と、笑っている。
「……まず…。」
────分けて貰ったお弁当を口にした私は、笑っている彼を見て、そう、呟いた。