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第11章 斎児ーいわいこー



節さんを迎えに来たのは、父親だった。
大店の主人にしては優男で、穏やかで柔和な顔立ちが印象的な人だ。がっしりした体と節さんとあまり変わらない背丈のせいか、大店の主というより働き者の番頭といった風だ。

「あの人は節さんに似てはいなかった」

まず雰囲気が違う。穏やかだが底の見えぬ如何にも商人らしい父親の風情と、人好きするとは言い難いが真っ直ぐで裏表のなさそうな節さんとでは、並んで違和感があるほどに似つかない。

「それも無理はない。あの人は節さんが生まれたときから節さんの父親ではあったけれど、血の繋がりはなかったのだから」

言い辛くぽつりと囁くと、路六ははぁんと鼻先を撫でて苦笑いした。

「そいつはまぁ、褒められたモンじゃねえがよくある話だなぁ」

「だからと言って節さんの母親が身持ちが悪いというんじゃないんだ」

誤解しないで欲しいと言ったら、路六はまたほろりと苦く笑った。

「何にでも事情があるのは世の常だけどな。皆が事情を慮っちゃくれねえ。大体は見易い見方で物事を括っちまうもんさ。その伝でいやぁ節のお袋さんは身持ちの悪い女になるし、節は不義の子ってことになる。節が家に閉じ込められてたのは顔の傷のせいばっかりじゃねえらしい」

世故長けた大獺はやれやれと胡座をかきなおし、煙管を手にとった。

「てことは寺に近寄るなってのにも意味があることになるかな。ふん?生臭え話になってきたなあ、厂暁?」

「……」

路六の言葉に何の感慨も湧かない。ただぼんやりと視点を失った目で地べたの一点を見詰めながら、私はあのときのことを思い出した。

ふと、節さんの父親は寝入っている娘の額に手を伸ばした。倒れて寝込んでいる娘を思う父親の、ごく当たり前の仕草だ。
が、節さんは父親が額に触れようとした刹那、目をバチンと開いて飛び起きた。
床に手もつかず、まるで撥条仕掛けの玩具か何かのような生気のない動きは見る者の度肝を抜かれる異様さで、父親の接待していた住職は兎も角、節さんのすぐ側で世話を見ていた雲水は飛び上がる程驚いていた。成り行き上呼び出されて殊勝らしく真面目な顔でその場に居合わせた私も、行儀よく正座したまま浮き上がるかと思うくらい驚いた。

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