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第11章 斎児ーいわいこー



初めて見たとき、紫陽花のような、と、思った。

凛として涼やか、それでいて何処か沈んだ風情の美貌は篠つく雨に濡れた水無月の紫陽花の様。
薄墨で掃いたような蛾眉、嫋やかな鼻梁、真一文字の赤い唇、スッと目尻の切れ上がった美しい黒目はよく見ると縁が青い。珍しい瞳だ。
白く細い左手の甲に薄雲に滲んでボヤケた更待月のような赤い痣がある。

「………もし…」

声をかけたら綺麗な目がチラリとこちらを見た。
打たれたように背筋が延びる。
滑るような黒髪が靭やかに肩口から滑り落ち、腰下まで垂れた。触れば絹糸より滑らかで、吸い付くような手触りであろうことは間違いないだろう。

「山越えを手引きしてくれるのはあなたか」

何故深山の炭焼き小屋に、こんなにも綺麗な者がいるのか。
絵に描いたような美貌だ。白い手の甲に浮かぶ痣でさえ美しい。

「…ああ。俺で間違いないねぇよ。お前がガンギョウか?こらまたパッとしねえ坊主だな」

膨よかな唇からまろげ出た奇声に息が止まるかと思った。
低い声と高い声が二重になっている。確かにひとりで話しているのに声はふたつ、それが不思議にピタリと重なって、しかも聞き苦しい。

「如何にも私が厂暁だが…」

驚きで声が掠れた。

「俺の声のことは聞いてねぇみてぇだな。驚くなよ。早く慣れてくんな。いちいち魂消られちゃ付き合い辛ぇかんな。ハハハハハ」

口ごもりながら答えるのに、ガサガサきんきんした不協和音が遠慮なく笑い声を立てた。目の前の綺麗な者が出している音とは到底思えない。何とも不快で聞き辛い、化け物じみた妙な声だ。

「こいつは呪いだ。解けりゃ元に戻るんだ。でもなぁ。それが何時になるか、全然わかんねぇんだよ。お前、坊主なら何とか出来ねぇか、この声をさ」

「呪い?」

「呪いさ。この妙ちきりんな声のせいで、体まで迷っちまってさ。このザマだよ」

何心無く粗末な着物の裾を捲られて、目を覆う間もなかった。
胡座をかいた足の暗い深奥に、逸物と割れ目がある。
あまりのことに口がポカンと開いた。言葉もなくそのまま、平然と裾を直した綺麗な顔を見る。

「二形って奴だ。話くらいなら聞いたことあんだろ?俺も自分以外じゃ話に聞くくらいなもんで、珍しいんだろうな。俺みたいなのはさ」

明け透けに話す声が、先程より尚増して気味悪く感じる。

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