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第10章 丘を越えて行こうよ



お前こそ加奈ちゃんの心配をしてればいいだろ、と、出かかった台詞を喉元で止めた。
あのとき何で詩音ちゃんといたんだよとか、あの後詩音ちゃんとどうしたんだよとか。
全部ぐっと塞き止めて、深呼吸する。
敏樹と喧嘩する気はない。敏樹に限らず、誰とも喧嘩なんかする気はない。

「いいよ、俺が渡すから」

「そうか?脱水症状やら熱中症やら、おっかねぇからな。早めに何とかしてやれよ」

素で心配そうに言って、敏樹は空缶を一也の手に載せた。
その通りだ。
しまったな。加美山についでに何か買って来るように頼めば良かった。気が焦って抜かった。

差し入れか何か、飲み物はないかと辺りを見回したところへ、美佳子が顔を出した。張り切って化粧が三割増しになっている。…ちょっと頑張りすぎだぞ?どうせ汗で流れちゃうんだから止めとけばいいのに。言わないけど。言えばだから彼女のひとりも出来ないんだとまたぺしゃんこにされるのが目に見えてるし。でもこの暑いのに無理して化粧しなくたってよくないか?わかんないなぁ…。

「いたいた、お兄ちゃん!……あ、敏兄!丁度良かった!次のネイガーの幕でさ、青年部が飛び込みで腕相撲したいんだって」

「腕相撲?何だそれ。急にそんなの無理だって。ネイガーの出番は書割使うから、狭くて危ないんだよ」

その書割もわざわざ加美山が親戚から借り出してくれたものだ。ネイガーの衣装にしてもゆりべこちゃんの着ぐるみにしても、春祭りからこっち柴田のおっちゃんと揉めて周りに気を揉ませたのことへの、彼なりの詫びらしい。
お陰で舞台は随分見栄えすることになったけど、その書割の前で酔っ払い同士の腕相撲はない。春祭りでも何をどうしたのか、神輿の持ち手を二本へし折ったような連中だ。そこに敏樹が加わって盛り上がった日には手がつけられなくなる。駄目。危ない。

「敏兄がネイガーやるって知ったら皆盛り上がっちゃってさ。ちょっとでいいから。ね?」

「ちょっともいっぱいもない。駄目」

「いいじゃん、腕相撲くらい」

「書割が倒れたりしたら大変だろ」

「腕相撲でどうやったら書割倒れんだよ」

「みんな酒が入ってるだろ」

「大丈夫だって。心配しすぎだぞ、一也」

書割を設置するのは一也を含めた青年部。設置させるのも心配なのに、この上調子に乗って腕相撲とか、心配するなというのが無理だって話になる。

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