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第10章 丘を越えて行こうよ



「痛いものは痛いんですよ。無理言わないで下さい、お父さん」

「痛くない」

「そりゃお父さんは痛かないでしょうね。全く朝から何だってんだ…」

「明日は夏祭りだな」

「ええ、そうですね。町内恒例の盆踊り大会です」

「…風情のない奴め…」

「だって相変わらず最後は町民入り乱れての盆ダンスでしめるんじゃない?これが盆踊り大会以外の何物だっての」

「うちの町内は演し物も充実してるんだぞ。春には何とかいう演歌歌手が来たし、今回は何とかいうロボットが来るだろう?」

「お父さんにはあれがロボットに見えるんだ?相変わらず大雑把だな…。まあ何とかいう何かは来るらしいよ。中身が何になるかはわかんないけど」

「頑張って盛り上げなさい。出戻りの錦を華々しく飾って来るといい」

「本来盛り上げるのはお父さんのお仕事でしたよね?私に丸投げして来ましたけど」

「早く地元に顔を売って慣れ親しんで欲しい。私の細やかな親心だ」

「細やかな親心も出戻りの錦も要らないくらい詩音の顔は売れてますよ。これ以上繁盛してももう売るものなんかないわ」

「………出戻りってのはそんなに珍しいのか?」

「ここらじゃそうでしょ。皆偉いわよね。我慢してるんだかホントに仲良くしてんだか知らないけどさ。…て、そこらへん地元民のお父さんの方が詳しくて然るべきと思うんですけど?」

「私は引き篭もりの文筆業者だから、そういうことはよくわからない」

「チッ、タウン誌のコラム作家がよく言うよ……」

「タウン誌のコラム作家だって給与が発生すれば立派な文筆業だぞ。その文筆業者の娘が何故舌打ちを繰り出すような口汚く下品な育ち上がりかたをしたのか、お父さん不思議で仕方ない。これでも私は定年まで国語教師を勤め上げた一端の日本語庇護者だというのに」

「日本語の庇護にかまけ過ぎて娘の庇護が足りなかったのと違う?」

「成る程…」

広辞苑をずっと撫で擦っていた手を止めて、父は詩音をじっと見た。

「だとしても、人並みに幸せになって欲しいとは思っているんだよ。これからはここで生きて行くつもりなんだろう?」

「これからここで生きて行くなんてそこまで壮大なプランはないけど、当面はそうなるかな」

「ならばお金を稼いで人と付き合って、早くここに馴染みなさい。働いて交わって、楽しく暮らせるように頑張りなさい」

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